フランスの好きな詩を感じとりつつ、詩の
翻訳についてもう少し考えます。
今回は、
上田敏訳『海潮音』で紹介されてから
ヴェルレーヌの詩歌のうち日本で最も親しまれてきた
「秋の歌」です。原題に、
Chansonとあることからも、作者自身の心からの
「歌」だとわかります。
詩の構成をみつめてみると、
① 3連の各連とも、6行で同じ。
② 3連の各連とも、同じ
規則的な脚韻を踏んでいる。
* 1行目と2行目、3行目と6行目、4行目と5行目、全行末の赤紫色にした言葉が、大文字アルファベットが同じ行の言葉と、美しく響き合っています。(AとA、BとB、CとC、以下同じ)。
もともと言葉数が少ない作品なので、使われた
言葉のほぼ半数近くまでが、脚韻で響き合っているような
歌です。
マラルメも『詩の危機』で、
「フランスの詩歌はその魅惑する力をなによりもまず脚韻の効果に負っている」と述べていますが、その典型の
詩歌だといえます。
詩の
翻訳を考える時、このような歌を異なる言語に移し変えることが、最も難しいと感じます。
上田敏の文語訳と、
渋沢孝輔の口語訳を、原詩と見比べてその理由を考えてみます。
① 3連の各連とも、6行で同じ。文語訳はこの形を保っています。口語訳は2連を5行にしています。ただどちらも、詩の形を雰囲気としてつたえているだけです。
原詩は行分けによる言葉の位置が脚韻と厳密に結びついていますが、日本語訳の行分けにそれはなく、弱い息の休止、間をとっているだけです。
例えば、訳詩両方の冒頭の「秋」という言葉が、原詩では3行目(automne)にあるように、
原詩の言葉に対応する訳語は前後の行にまちまちに散らばっていて、もちろん響きも違うので、音楽的な共通性はまったくありません。文法・語順の違いによる制約です。
② 文語訳、口語訳ともに、脚韻らしい脚韻はほとんどありません。このことが、「歌」の
翻訳は不可能に近いいちばんの原因です。冒頭の「秋の日の(no)」「ヴィオロンの(no) 」も弱く途切れ脚韻と呼べるほどの響きあいは感じとれません。
原詩は半分ちかくの言葉が脚韻で響きあう音楽、訳詩は言葉の脚韻の響きあいがほぼありません。 この二つの制約を越えて、
上田敏の文語訳が、それでも詩らしく感じるのは、
文語の伝統の力が大きいと思います。
「ひたぶるに」という語感、「おもいでや」の詠嘆の「や」、「げにわれは」の言葉切り詰めた表現、「落ち葉かな」の詠嘆の「かな」、これらの
日常会話で使わない「文学で使われてきた言葉」が、この行わけ文を、文語詩だと感じさせます。 一方で
口語訳は、文意がとりやすくわかりやいほど逆に、日常の会話の散文と変わらなくなっています。1連が特徴的で、行分けをなくすと、「秋の日のヴァイオリンのながいすすり泣きにこころ傷み単調なもの悲しさを誘われる。」と、日常の散文になってしまいます。2連も同様ですが、3連は、なんとか詩らしさを保とうとする訳者の努力が文語調の言葉を選ばせているように、私は感じます。
Chanson d’automne
Paul VerlaineLes sanglots
longs A
Des
violons A
De l‘
automne B
Blessent mon
cœur C
D’une
langueur C
Monotone. B
Tout suff
ocant D
Et blême,
quand D
Sonne l’
heure, E
Jeme
souvieens F
Des jours
anciens F
Et je
pleure; E
Et je m’en
vais G
Au vent
mauvais G
Qui m’
emporte H
Deçà,
Delà, I
Pareil à
la I
Feuille
morte. H
秋の歌
ヴェルレーヌ
上田敏訳『海潮音』所収。
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもいでや。
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
*
『サチュルニアン詩集』(1866年)所収。
出典:
「秋の日」「詩の危機」『筑摩世界文学大系48 マラルメ ヴェルレーヌ ランボオ』(1974年、筑摩書房)秋の歌
ヴェルレーヌ
渋沢孝輔訳秋の日の
ヴァイオリンの
ながいすすり泣きに
こころ傷み
単調な
もの悲しさを誘われる。
時の鐘
鳴りわたるとき
息つまり、青ざめて
むかしの日々を思い出し
涙ぐむ。
まことわたしは
吹き荒れる
風のまにまに
ここ かしこ
跳び散らう
落葉の身の上。
出典:
『フランス名詩選』(1998年、岩波文庫)
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