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愛の霊感を授けられ。ダンテ『神曲』

 ダンテの『神曲』について地獄篇を中心にこれまで書きましたが、まとめとして今回は浄罪篇天堂篇を見つめます。
 ダンテは、「地獄篇」で地球の地下深い地獄へ下る旅を終えた後、「浄罪篇」ではエルサレムの地球の反対側にそびえる浄罪山を登り頂上の地上楽園(アダムとエヴァの原罪の地)に辿り着き、最愛の女性ベアトリーチェと再会します。そして二人、月天、水星天、金星天、太陽天、火星天、木星天、土星天、恒星天へと宇宙を昇ってゆき、原動天を経て、神と天使と聖者の白い薔薇の光の時空、至高天に昇りつめます。
 「地獄篇」から「浄罪篇」、「天堂篇」へとダンテとともに旅を進むにつれ、魂が洗われるように感じ、澄んだ美しい善へ高められてゆくと、感じるからこそ、この作品は読み継がれてきたのだと私は思います。

 「浄罪篇」、「天堂篇」から、私の心に鮮やかに焼きつけられた言葉を引用し私の詩想を☆印の後に短く添えて、ダンテへの感謝の気持ちとします。(/は訳文の改行個所です。)

1.「浄罪篇」第二十四歌から。
「私は愛が私に霊感を与える時/それを収拾しておき、霊感が心のなかに/口授したとおりに表現する者のひとりである」
☆ 私は、詩は愛の霊感から授けられ、伝えずにはいられない愛を表現する芸術だと考えています。現代の頭の良い賢しらな流行りの詩を書く人が時代錯誤と反応するようなら、そのような人に対しては、文学は数百年余りの短い年月に左右されるものではない、その本質が分からない皮相なお遊びで自己満足してください、としか答えられません。
 愛は、運命的な異性への愛にとどまりません。肉親への日常の些細な思いやりから信ずる神への信仰まで、広く深く豊かなものです。私は、それが排他的なものなら、愛ではないと、考える人間です。

2.「天堂篇」第三十歌から。
私の眺めた彼女の美は私たちの理解を/越えるにとどまらず、それをことごとく/賞美するのはその創造主だけだと思われる。(略)/
それは太陽がいと弱い視力に対するごとく/かの美しい微笑の記憶はわたしの心から/心そのものを掠(かす)め去ったからであった。/
この世で初めてその顔を見た日から/かく見るにいたるまでわたしの歌で/彼女を描きつづけることをやめたことはない、/だがいまや私の技術の限界へ来たのである。/すべての芸術家のごとく詩の中で彼女の美を/追求することをやめねばならないのだ。

☆ ダンテの、反語ですが、わかる気がします。表現できないものはある、究極のものは、表現できない、としか人間には言えません。それが一番素直な偽りのない表現だと感じます。
「この世で初めて…」以下「…やめたことはない」の詩句は、心がこもりとても美しいと感じます。

3.「天堂篇」第三十一歌から。
「おお、そのおかげで私の希望が強められ、/私の救済のためにおのれの足跡をば/地獄へ印することも忍ばれた淑女よ、/あなたの力とあなたの恵みとによって/私が見ることができた多くのものの/中に私は恩寵と徳とをみとめます。/
あなたはふさわしい道と方法の限りを/つくして私を奴隷から引き上げ/自由の身としてくださったのです。/
あなたがいやした私の魂があなたの思いにかなう/方法で肉体から解かれうるように/あなたの賜物を私の中で護り給え」/
私はこのように祈願した。すると彼女は/いかにも遠く見えるところで微笑して/私を眺め、それから後で永遠の泉へ戻った。
☆ ダンテは、作品とし、時に崩されないものへと、思いを形作ろうとし、成し遂げましたが、その核にあるのは、純心だと思います。この世で出会うことができた、ベアトリーチェを愛した。政争と殺し合いに明け暮れる時代に身を投げ込みさらされながら、生きていて最期に大切に思えたのは、それしかなかった、それを感じ得る人間であったことだけが、ダンテが政治屋ではなく詩人であったことの証しだと、私は感じます。

4.「天堂篇」第三十一歌から。
おお、私の見る力が尽きるまで/永遠の光の中に目をそそがせた/恩寵はなんと裕(ゆた)かであったろう。/
私は宇宙全体に紙片のごとくばらばらに/散っていたものが、その光の奥に愛の力で/一巻の巻物にまとめられているのを見た。

☆ 信仰の告白の言葉ですが、マラルメの「ただ一冊の書物」という詩想と、響き合っていると私は感じます。
 そして紫式部が西方浄土を思いながら綴った『源氏物語』とも、祈り、ただそのことで響き合っていると私は感じます。時と民族、国境、国家なんかを越え、文学という、地獄をもくぐりぬけようとする切ない希求、微笑みに、愛は響きあっています。
 『神曲』は愛の霊感だけが響かせうる愛の詩歌の美しさと強さと人間にとってのかけがえのなさを伝えてくれます。

出典:『神曲』(『筑摩世界文学大系11 ダンテ』訳者:野上素一。1973年、筑摩書房)。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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