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大木惇夫の詩。言葉の音楽、うた。

 『日本の詩歌26 近代詩集』(中央公論社、1979年)を読んでいます。これまで出会う機会のなかった詩人の良い詩が心に響きだすのを感じるとき、私は嬉しくなります。

 今回は、大木惇夫(おおきあつお、1895年~1977年)の詩を見つめ感じ考えます。私は彼をまったく知りませんでした。インターネットのウィキペディアで調べると、戦時の戦争文学、戦争協力詩を戦後は批判、黙殺された、と記されています。
 ほとんどの文学者が戦時に戦争文学、戦争協力詩を書きました。価値観の180度の転換によって、翻弄されました。そのことだけをとらえて、全人格、全作品を、抹殺、黙殺するのは間違っていると私は思います。

 政治の思考、政治的な枠組みで、文学作品の価値を断定できるという驕りは誤っています。権力、時勢に迎合して、その時その時の正義・良識であるかのように振るまい主張し瞬時に化ける組織に統制されたマスコミの言説は、文学から遠く、私にはよっぽど厭わしく思えます。

 文学の表現は、政治的な立場や言動もその一面とする人間について、こころ、いのち、善と悪、罪、とらえがたいものを、ひろく深い根源から問う、ひとりの心が発する意思のあらわれです。文学表現の政治的な側面を誤りだと言及できる資格があるとしたら、自らの意思で、権力権威の変化、価値の転換まえから抵抗を貫いていた者だけです。

  以下の文章は、このような大木惇夫の生涯を調べる前に、作品だけから感じたまま書きましたが、そのままにします。作品そのものの評価は、政治思考の変化で左右され判定されるような貧しいものではないと私は考えるからです。

 第一詩集『風・光・木の葉』(1925年、大正14年)の巻頭の詩を感じとります。伊藤信吉の解説によると、この詩は北原白秋と山田耕筰の「詩と音楽」創刊号に発表されました。北原白秋のことを前回記しましたが、言葉の音楽性、うたについて鋭敏だった彼がこの詩集をなぜほめたのか。私もこの詩の良さは音楽性にあると感じます。

  風・光・木の葉
              大木惇夫


一すぢの草にも
われはすがらむ、
風のごとく。

かぼそき蜘蛛(くも)の糸にも
われはかゝらむ、
木の葉(このは)のごとく。

蜻蛉(あきつ)のうすき羽(はね)にも
われは透(す)き入らむ、
光のごとく。

風、光、
木の葉とならむ、
心むなしく。


 この詩の言葉はなぜ音楽的で美しいと感じるのか。
 個人的には3連がとてもいいと感じます。「透きいらむ、光のごとく」は「i(い)音」が表象と溶け合っていて、紀友則の「ひさかたの光のどけき春の日に静心(しづごころ)なく花の散るらむ」と響き合う美しさがあります。
 音数律は、四連とも、1行目九音(十一)、2行目七音(八音)、3行目六音(七音)と、繰り返しと微妙な変化があり、最終連のより大きな変化で印象を高めています。(詩人自身のこころが高まっています)。最終連初行の、「風、光、」は句読点「、」に二音、三音ほどの間(ま)をもたせることで、かぜ(**)ひかり(***)で十音としています。

 次に頭韻、脚韻については、1、2、3連とも「われは**らむ」をくりかえしつつ**を変奏し、最終連はよりおおきな変化「木の葉とならむ」で高めています。
1、2、3連の最終行の行末は「のごとく」と脚韻させ、最終連は「心むなしく」と変化した韻で印象を強めています。

 1、2、3連の最終行の行頭に題名の、風、木の葉、光を、意識的に、順序は変化させ置いています。

 最後に、次のように音が美しく響き合っています。
1連1行目「すぢ」2行目「すが」。2連1行目「かぼ」2行目「かか」。3連1行目「あきつ」「うすき」2行目「すきい」。最終連2行目「このは」最終行「こころ」。
 音を呼び、音が呼ばれ、波のようなゆらめく流れを感じます。

もう1篇の良い詩を。


 ふるさと
        大木惇夫


朝かぜに
こほろぎなけば、

ふるさとの
水晶山も
むらさきに冴(さ)えたらむ、

紫蘇(しそ)むしる
母の手も
朝かぜに白からむ。

 音数律は五音と七音、十音(五音+五音を早く連結)でくりかえしを感じとらせます。また、2連末と3連末の「らむ」の脚韻も響き合って心に残ります。。

 この詩について伊藤信吉の解説に良い言葉を見つけました。「聴覚、視覚、嗅覚によって、秋の清涼の気と郷愁の思いとを抒情している。」
 1連「こほろぎ」の音、2連「むらさき」の色、3連「紫蘇」の色と香り、朝かぜの「触れる感覚」、「母の手」の色。短い詩の言葉に豊かな変化を織りこめています。

 5行目行頭の「むらさき」と、6行目行頭の「紫蘇」も、日本語のひらがなと漢字ならではの美しい照応を感じさせてくれます。

 今回の最後に、私の言葉の音楽、こころのうたを木魂させます。
  詩「うたをさがして」(高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』所収)。 

次回は未来派、アナーキズムの詩人をみつめます。
 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
 ☆ こちらの本屋さんは店頭に咲かせてくださっています。
 八重洲ブックセンター本店、丸善丸の内本店、書泉グランデ、紀伊国屋書店新宿南店、三省堂書店新宿西口店、早稲田大学生協コーププラザブックセンター、あゆみBOOKS早稲田店、ジュンク堂書店池袋本店、紀伊国屋書店渋谷店、リブロ吉祥寺店、紀伊国屋書店吉祥寺東急店、オリオン書房ノルテ店、オリオン書房ルミネ店、丸善多摩センター店、くまざわ書店桜ケ丘店、有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店など。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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