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大木実の詩。どのような時代にも揺るぎなく。

 『日本の詩歌26 近代詩集』(中央公論社、1979年)を読んでいます。これまで出会う機会のなかった詩人の良い詩が心に響きだすのを感じるとき、私は嬉しくなります。

 今回は、大木実(おおきみのる、1913年~1996年)の詩をみつめ感じとります。
 彼は詩集『故郷』を1943年、昭和18年に出版しています。第二次世界大戦、太平洋戦争のまっただなかです。
 そのような時に彼が、次のような、政治や時局に左右されない、ひとりの人間の心からの、愛する人への詩を書き、発表していることに、私は敬愛の想いを抱かずにはいられません。
 生きている者、生活している者にとって、本当に大切なものは何か、嘘偽りなく表現しているからです。
 政治的な視点では、この時局で、お国のために我慢しろ、何もかも率先して犠牲にして提供しろ、と命ずるだけです。そのなかで、静かにひとりの生活者の視点から問いかけている言葉には、時代と政治への抵抗の意思が示されているようにも、私は感じます。
 この詩は、どのような時代にも、人を、異性を、愛する心、想いやる心が、詩の源にあることを、教えてくれます。

   冬夜独居
              大木実


悲しくはないといふ
辛(つら)くはないといふ
晴衣や肩掛けを失くしてしまつたことも
祝福(いはひ)享けぬわたし達であることも
ちひさなひとつの部屋で
鍋で飯を炊(た)き
味噌汁をすする
ままごとのやうな生活(くらし)を幸(しあは)せだと喜ぶ
妻よ
おまへは本当に幸せなのか
おまへの笑ひがあどけないほど
おまへは泣いてゐるのではないか
哀しみを
おまへは包んでゐるのではないか

あすの朝餉(あさげ)の
買物に出ていつた妻のゐない部屋で
湯の沸(たぎ)る音を聴きながら
わたしはおもふ

これが生活(くらし)といふものか
幸福とはかうも静かに悲しいものなのか――

 もう一篇は、詩集『路地の井戸』(1948年、昭和23年)におさめられています。敗戦後の混乱、政治的な価値の百八十度の転換のなかでも、作者の詩の中心には、ヒューマニズムが揺るぎなくあることを感じます。私にとっても詩はそのように政治の手段では左右できない、人間にとって本来的で自然な価値です。時代に左右され壊されてはならない、人間の広く深く遥かで豊かな想い、心と感情の表現です。良い詩は、時代を越えます。
 次の優しい、子どもこころの詩は、今の子どもの心をも歌っていて、ほんとうだなあ、同じだなあ、と心温まります。

   おさなご
            大木実


おもちゃ屋の前を通ると
毬(まり)を買ってね
本屋の前を通ると
ごほん買ってねと子供は言う
あとで買ってあげようね
きょうはお金をもって来なかったから
私の答もきまっている
子供はうなずいてせがみはしない
のぞいて通るだけである
いつも買って貰えないのを知っているから

ゆうがた
ゆうげの仕度のできるまで
晴れた日は子供の手をひき
近くの踏切(ふみきり)へ汽車を見にゆく
その往きかえり 通りすがりの店をのぞいて
私を見あげて 子供は言う
毬(まり)を買ってね
ごほん買ってね

 
 私の詩を木魂させます。
  詩「おおきくなったら」(高畑耕治『詩集 こころうた こころ絵ほん』所収)

 次回は、わかりやすい言葉で詩を書き続けた詩人です。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
 ☆ こちらの本屋さんは店頭に咲かせてくださっています。
 八重洲ブックセンター本店、丸善丸の内本店、書泉グランデ、紀伊国屋書店新宿南店、三省堂書店新宿西口店、早稲田大学生協コーププラザブックセンター、あゆみBOOKS早稲田店、ジュンク堂書店池袋本店、紀伊国屋書店渋谷店、リブロ吉祥寺店、紀伊国屋書店吉祥寺東急店、オリオン書房ノルテ店、オリオン書房ルミネ店、丸善多摩センター店、くまざわ書店桜ケ丘店、有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店など。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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