萩原朔太郎の詩論『詩の原理』を通して、文学、散文、詩、日本の詩歌を見つめ直しています。今回は、
「第十二章 日本詩歌の特色」についての続きです。冒頭に私が教えられたこと、感じ考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。
初めに朔太郎は、詩の言葉としての日本語について、「日本語には平仄もなくアクセントもない」から、その「音律的骨骼は、語の音数を組み合す外にない」と、日本語を話し日本の詩を読む人の基本になっている感覚をとらえます。
そして、詩を書こうとするときいちばん自然にでてくるリズム、「五七調や七五調の定形律」は、これに基づいていると教えてくれます。
そのうえで、「語数律は、韻文として最も単調のもの」、「同韻の反復にすぎない」から、「少しく長篇にわたるものは、到底倦怠して聴くに堪えない。」とその弱点を見つめます。
私も詩作で、五七調を続けすぎ場合に、「交通標語」のような単調な「詩ではないもの」に転じて感じられてしまう失敗した経験をしてきました。
朔太郎は、これが原因で、「古来試みられた種々の長篇韻文は、楽器に合せる歌謡の類を別にして、悉く皆文学的に亡びてしまった。」「万葉集の五七調の長歌、古今集の時代の七五調の今様《いまよう》、明治の新体詩、同様な運命を繰返した。」と、日本の詩歌を振り返ります。示唆にとんだ考察だと私は思います。
万葉集には、柿本人麻呂や山上憶良の美しい長歌がありますが、歌の数は短歌に比べ圧倒的に少なく、また詩の長さも、彼らのずば抜けた力量で、あの決して長くない言葉数が詩の構成全体の緊密性を保てる限界だと感じます。
また巻十三の作者不詳の民謡風の美しい長歌にはその五七調の揺り返しが波のたゆたいのように快い歌がありますが、人麻呂や憶良の歌よりさらに短いからこそまとまって感じられます。
なぜ日本語による長篇の「韻文」が生まれなかったのか?ホメーロスの『イーリアス』、オイディウスの『変身物語』、ルクレティウスの『事物の本性について』、ダンテの『神曲』、ミルトンの『失楽園』のように、流麗な音楽を奏で続けて渦巻くような壮大な長篇の、「韻文の」詩が生まれなかったのか? 私は朔太郎の言葉で理解できました。
日本の言葉による美しい韻文について朔太郎は、短歌にある有機的な内部律(調べ)だと前回の言葉で教えてくれましたが、その詩歌自体の長さについて以下のように付け加え、教えてくれます。
「昔から一貫した生命を有するのは、三十一音字の短歌」で、それは「語数律の単調を避け得べき、最も短かい形式」であり、「同律の繰返しが二度しかないから、何等倦怠を感じさせないばかりでなく、却ってその反復から、快美なリズミカルの緊張を感じさせる。けだし日本語の音律としては、これが許された限りに於ける、最も緊張した詩形であろう。」
「(略)後世に生れた俳句に至っては、さらにまた短歌の半分しかない。そして短いものほど、日本語の詩としては成功している。」
では、日本の言葉では、美しく流れていく川のような豊かな長さを持つ詩歌は生み出せないのだろうか? 朔太郎はさらに展開する考察に私は惹き込まれます。
「短歌の内部的有機律を、そのまま長篇の詩に拡張したら」、どうなるか?「詩の骨骼たる外形律が、既に単調を感じさせる場合に於て、内部的なデリケートな繊維律は、何等の能力をも有し得ない。」、と彼の鋭い感覚が示し教えてくれます。
では、「一つの詩形の中に於て、五七を始め、六四、八六、三四等の、種々の変った音律を採用し、色々混用したら」。朔太郎はここに答えを見出します。
「詩の音律価値を高めるために、逆に詩を散文に導く――すくなくとも散文に近くする――という、不思議な矛盾した結論に帰着」することが、「日本の詩のジレンマ」であり、日本の「国語は、正則に韻律的であるほど退屈であり、却ってより不規則になり、より散文的になるほど変化に富み、音律上の効果を高めてくる。」、「そこで『韻文』という言語を、かりに『音律魅力のある文』として解説すれば、日本語は散文的であるほど韻文的であるという、不思議なわけのわからない没論理に到達する。」
朔太郎はここから考察を、日本語による自由詩について進めていきます。それは次回に取り上げます。
朔太郎はまた、日本語の長所として、「語意の含蓄する気分や余情の豊富」をあげ、「俳句等のものが、十七字の小詩形に深遠な詩情を語り得るのは、実にこの日本語の特色のため」、「僅か一語の意味にさえも、含蓄の深いニュアンスを匂わせている。」ことをあげ、「我が国の詩は早くより象徴主義に徹入していた。」と、日本の言葉で詩を生みたいと願う私を、励ましてくれます。
◎原典からの引用以下はすべて、
『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。
「日本語には平仄もなくアクセントもない。故に
日本語の音律的骨骼は、語の音数を組み合す外にないのであって、所謂
五七調や七五調の定形律が、すべてこれに基づいている。然るにこの
語数律は、韻文として最も単調のものであり、
千篇一律なる同韻の反復にすぎないから、その
少しく長篇にわたるものは、到底倦怠して聴くに堪えない。故に古来試みられた種々の長篇韻文は、楽器に合せる歌謡の類を別にして、悉く皆文学的に亡びてしまった。例えば
万葉集に於て試みられた五七調の長歌――それは多分支那の定形律から暗示されて創形した――は、一時短歌と並んで流行し、丁度明治の新体詩の如く、大いにハイカラな新詩形として行われたが、その後いくばくもなく廃ってしまった。後にまた古今集の時代になって、一時
七五調の今様《いまよう》が流行したが、これもまたその単調から、直ちに倦きて廃れてしまった。そして最後に、
明治の新体詩が同様な運命を繰返した。」
「(略)ただ独りこの間にあって、
昔から一貫した生命を有するのは、三十一音字の短歌である。この短詩の形式は、
五七律を二度繰返して、最後に七音の結曲《コダ》で終る。それは
語数律の単調を避け得べき、最も短かい形式である。此処には
同律の繰返しが二度しかいなから、何等倦怠を感じさせないばかりでなく、却って
その反復から、快美なリズミカルの緊張を感じさせる。けだし
日本語の音律としては、これが許された限りに於ける、最も緊張した詩形であろう。」
「(略)後世に生れた
俳句に至っては、さらにまた短歌の半分しかない。そして
短いものほど、日本語の詩としては成功している。」
「(略)先に言った短歌の内部的有機律を、そのまま
長篇の詩に拡張したらどうだろうか。否。(略)詩の骨骼たる
外形律が、既に単調を感じさせる場合に於て、内部的なデリケートな繊維律は、何等の能力をも有し得ないから。それでは五七や七五の代りに、
他の六四、八五等の別な音律形式を代用したらどうだろうか。(略)その単調なことは何れも同じく、却って七五音より不自然だけが劣っている。そこで最後に考えられることは、一つの詩形の中に於て、
五七を始め、六四、八六、三四等の、種々の変った音律を採用し、色々混用したらどうだろうということだ。(略)雑多の音律が入り混った不規則のものだったら、すくなくとも辞書の正解する「韻文《バース》」ではない。即ちそれは「散文《プローズ》」である。」
「故にこの最後の考は、
詩の音律価値を高めるために、逆に詩を散文に導く――すくなくとも散文に近くする――という、不思議な矛盾した結論に帰着している。そして実に
日本の詩のジレンマが、この矛盾したところにあるのだ。何となれば吾人の
国語は、正則に韻律的であるほど退屈であり、却ってより不規則になり、より散文的になるほど変化に富み、音律上の効果を高めてくるから。そこで「韻文」という言語を、かりに
「音律魅力のある文」として解説すれば、
日本語は散文的であるほど韻文的であるという、不思議なわけのわからない没論理に到達する。」
「(略)日本詩の歴史は
自由詩(不定形な散文律)に始まっている。そしてこの自由律の詩は、後代の定形された韻文に比し、一層より
自然的で、かつ音律上の魅力に於ても優れている。すくなくとも
原始の詩は、後代の退屈な長歌等に比し、音律上で遙かに緊張した美をもっている。(略)とにかく日本語の音律を以てして、
短歌俳句以上の長い詩を欲するならば、いかにしても散文律の自由詩に行く外、断じて他に手段はないのである。」
「(略)かくの如く日本語は、韻文として成立することができないほど、音律的に平板単調の言語であるが、他方に於てこれを補うところの、別の或る長所を有している。即ち
語意の含蓄する気分や余情の豊富であって、この点遙かに外国語に優っている。かの
俳句等のものが、十七字の小詩形に深遠な詩情を語り得るのは、実にこの日本語の特色のためであって、
僅か一語の意味にさえも、含蓄の深いニュアンスを匂わせている。故に俳句等の日本詩は、到底外国語で模倣ができず、またこれを翻訳することも不可能である。そしてこの
日本語の特色から、我が国の詩は早くより象徴主義に徹入していた。その象徴主義の発見は、西洋に於て極めて尚最近のニュースに属する。(略)」
引用は、
青空文庫(
http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。
- 関連記事
-
コメントの投稿