出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、歌人たちの個性的な歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせた歌人を私は敬愛し、歌の魅力が伝わってほしいと願っています。
出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
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前川佐美雄(まえかわ・さみお、1903年・明治36年奈良県生まれ、1990年・平成2年没)。
野にかへり春億万の花のなかに探したづぬるわが母はなし 『白鳳』1941年・昭和16年
春日野の鈴虫の音を聞かしむと壺(こ)に入れて養(か)ふ病む妻のため ◆『白木黒木』1971年・昭和46年
◎一首目は、亡き母を偲び恋う、とても美しい歌です。イメージもとても美しく、春の野に咲き薫る無数の花のゆれる姿がみえます。「野にかへり」という冒頭の詩句から、野は生まれでてきたところ・ふるさととして望郷の想いが生まれます。
咲き乱れる「花HANA」と探し訪ねる「ははHAHA」、音が似通い木魂していて、重なるイメージを強めています。「HAHA」という呼気のかすれた響きからも、いない不在の「母」の面影が立ち上り、花とともに透明な空気のように花と揺れています。
◎二首目の歌が私の心に響くのは、末尾の詩句が「病む妻のため」で、この一語が発せられたとき一首全体が、愛の歌となるからです。短詩形の詩歌である一語の重みを教えられます。
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柴生田稔(しぼうた・みのる、1904年・明治37年三重県生まれ、1991年・平成3年没)。
いたく静かに兵載せし汽車は過ぎ行けりこの思ひわが何と言はむかも 『春山』1941年・昭和16年
戦ひて傷き死ぬのみは現實なりこのいきどほり遣らむ方なし
つい近ごろと戦争をわが言ひしかば若き者ども皆哄笑す 『入野』1965年・昭和40年
◎3首ともに日本の戦争が主題です。
◎一、二首目の歌は戦時の深い心の痛みの歌。一首目では、殺し合いの場、戦場に送られる若者を目の当りにしたとき、この歌人は「この思ひわが何と言はむかも」と、反語で、どのようにもいいようのない思い、無言を書き記すしかなかった、のだと感じます。
◎二首目は、戦時の大義「御国、陛下のために」と世論操作、言論統制で隠されている事実を言葉に刻みます。「戦ひて傷き死ぬのみは現實なり」、この時、著名な文学者が軒並み総崩れで軍部に強いられ操られるまま戦争と戦果を称えていたなかで、真実、本当のことを刻んだ言葉を重く受け止め、心にとどめたいと私は思います。
◎三首目は、敗戦の事実の風化を苦く記した歌です。収められた歌集は1965年刊行、敗戦の1945年から20年です。
戦争があったのは「つい近ごろ」、このように感じとれるかどうかということは、繰り返さないために、とても大切なことだと私は思います。私は1963年生まれですが、戦争は私が生まれる「ほんの少し」前にあったと感じています。そして2013年の今も、日本は戦争を「つい近ごろ」まで繰り返してきた国家の一つだと感じています。
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生方たつゑ(うぶかた・たつえ、1905年・明治38年宇治山田市生まれ)。
目まひするまで劇しさ欲しき一日あり草食獣のやうに草に坐れば 『北を指す』1964年・昭和39年
「平凡に生きよ」と母が言ひしこと朱の人参を刻めば恋ふる
夫を焼くための点火をわが手もてなさむ無惨をしばしは許せ 『野分のやうに』1979年・昭和54年
◎一、二首目は、自らの心を見つめる内省の歌。外面的な姿と、内面に抱える思いとのずれ、今ある自分と、ありたい自分とのずれ、その微妙で捕らえ表しがたいものがあるというこの歌に、自らも同じ思いを抱いている人は共感すると思います。二首とも上句と下句の対照性が主題を強め響かせています。上句で強い思い言い聞かせるように言葉にした後、下句で「今」の具体的なイメージ「草食獣のやうに」、「朱の人参を刻めば」に反転しその主題の「ずれの感覚」をあらわに具象化して感じ取らせます。
◎三首目は、夫が亡くなり火葬する際の悲しみが、最後の詩語「許せ」で極まり、時間が止まるようです。言い切った後の静寂、無音が心に沁みてきます。
出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。
次回も、美しい歌の花をみつめます。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
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