敬愛するドイツの
詩人ヘルダーリン(1770年~1843年)の長編作品『ヒュペーリオン』を見つめています。
私は二十代で彼の作品にとても感動し、その変わらぬ想いを深め伝えたいとこの文章を書いています。
作品の大きな流れのまとまりからテーマを掬い上げ、作品の言葉の飛沫のきらめきと、呼び覚まされた私の詩想を記してきました。
最終回の主題は、
生(いのち)です。 ヘルダーリンは『ヒュペーリオン』の最後に、彼の
死生観を、愛しあうふたりの言葉で語ってくれました。
今回引用した手紙を記したあとディオティーマはなくなります。
彼女の白鳥の歌、死を覚悟した愛するひとへの最期の言葉、その思いを受けとめたヒュペーリオンの、この作品を閉じる、完成させる言葉は、込められた思いの強さのままに響いてきます。
「どうしてわたしが、生(いのち)の圏外に去ってしまうことがあるでしょう。」
「自然の絆のなかでは誠実さは夢ではありません。わたしたちが別れるのは、いっそう親密にひとつになるためにほかなりません。」
「誰が愛しあう者たちを分かつことができましょう。――」
私はこれらの言葉に心揺すられ、深い共感の暖かさを胸のうちに感じます。
ヘルダーリン、彼と愛しあったズゼッテ、ヒュペーリオンとディオティーマ、彼らにとっての真実の想い、言葉だからです。
文学に真理は説けません。文学は信仰を与える術でもありません。
けれども文学は人間であるままにひとりひとりの想いの真実だけは響かせ伝えることができます。心を感じあい、響かせあう、文学を通して愛しあうことが人間にはできます。
ヘルダーリンの『ヒュペーリオン』はそのことを声高にではなく、美しく咲く花のように見つめずにはいられない姿で咲きゆれてくれていて、きづかせてくれます。だからこの花を私は愛してやみません。
● 以下、出典からの引用です。 あなたの乙女は、あなたがいらっしゃらなくなってから萎れてしまいました。わたしのなかの火がしだいにわたしを焼き、もうわずかな燃えさししか残っておりません。驚かないでください。自然界のものはすべて浄化されます。そして、どんなところでも、生(いのち)の花は粗雑な物質から身をほどき、もっともっと自由になろうとしています。
最愛のヒュペーリオン、今年のうちにわたしの白鳥の歌をお聞きになろうとは思いもよらなかったことでしょうね。
わたしは人間の手がつくったつぎはぎ細工から解き放たれ、自然の生(いのち)を、あらゆる思想にまさって気高いものを感じたのです。――たとえわたしが植物になるとしましても、失われるものはそれほど大きいでしょうか。――わたしは存在するでしょう。どうしてわたしが、生(いのち)の圏外に去ってしまうことがあるでしょう。そこでは、万人に共通の永遠の愛があらゆる自然をひとつにまとめています。あらゆる存在を結びつける絆からわたしが離れてしまうことなどどうしてありえましょう。
そうですとも、自然の絆のなかでは誠実さは夢ではありません。わたしたちが別れるのは、いっそう親密にひとつになるためにほかなりません。すべてのものと、わたしたち自身といっそう神々しく平和に結ばれるためにほかなりません。わたしたちは生きるために死ぬのです。
わたしたちは、ふたたびめぐりあうことになるでしょう。――
ディオティーマ、わたしたちも別れているのではありません。あなたを嘆く涙にはそれが理解できないのですが。生き生きとした調べであるわたしたちは、自然よ、あなたの諧音に和しています。誰があなたの諧音を破れるでしょう。誰が愛しあう者たちを分かつことができましょう。――
おお、魂よ、魂よ、世界の美よ、不壊の美よ、永遠の若さで魅惑する美よ。あなたは存在している。いったい死がなんだろう。そして人間の悲しみがなんだろう。――ああ、これほど多くの空疎なことばは気まぐれ者たちがつくり出したものでしかない。いっさいは悦びから生まれるではないか。いっさいは平和のうちに終わるではないか。
世界の不協和音は愛しあう者たちのいさかいに似ている。和解は争いのさなかにあり、別れていたものはすべてまためぐりあう。
血管は心臓で分かれ、ふたたび心臓にもどる。すべては、ひとつの永遠の灼熱する生(いのち)なのだ。
● 引用終わり。 ヘルダーリンの『ヒュペーリオン』を感じとってきました。エッセイの最後に、ヘルダーリンとズゼッテ、ヒュペーリオンとディオティーマの愛の想いと木魂する、私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。
詩「はじめて愛したあのひとは」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から)出典:『ヒュペーリオン ギリシャの隠者』ヘルダーリン 青木誠之訳、ちくま文庫 次回からは、もうひとりの敬愛する詩人、オウィディウスの『変身物語』を見つめ感じとっていきます。
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