ローマの
詩人オウィディウス(紀元前43年~紀元17か18年)の
『変身物語』に私は二十代の頃とても感動し、好きになりました。
「変身」というモチーフで貫かれた、ギリシア・ローマ神話の集大成、神話の星たちが織りなす天の川のようです。輝いている美しい星、わたしの好きな神話を見つめ、わたしの詩想を記していきます。
最終回も前回に続き、
ピュタゴラスを通して述べられたオウィディウスの死生観です。
ここには、ピュタゴラスの死生観、
輪廻転生(りんねてんしょう)、霊魂の不死が語られています。仏教と通い合うものがあります。アイヌのユーカラ、世界観にも近しいものがあり、私は親しく感じます。
オウィディウスは、ピュタゴラスの言葉としてこの死生観を伝えます。ピュタゴラスはこれが真理だと信じ信仰していたでしょう。真理は複数あっては齟齬が生じ破綻するので、他の真理の主張を厳しくはねのけ、真理ではないと断罪します。
文学は真理を主張し押しつけることを目的とする手段ではありません。人間にわからないものはわからないものとして、悩み、愁い、迷い、惑い、悲しみ、苦しみます。
この一節も、オウィディウスが、自分自身の信仰、ただひとつの真理だと、直接、主張し押し付け演説したなら、私は逆に、どうして人間にそんなことがわかるんだと、反発し、疑うと思います。
ピュタゴラスに語らせるオウィディウスもまた、死を前に、惑い、悩み、迷っているからこそ、私は文学として、共感する自分を見つける気がします。
オウィディウスの『変身物語』をみつめてきた最後にこの引用を選んだのは、次の詩行への深い共感からです。
「野蛮な戦争だけに馴れていたひとびとを、平和的な技芸に向かわせた。」 文学、詩歌は、平和的な技芸です。素晴らしく、美しく、人間が生み出せ、感動をつたえあえる、心の文化です。オウィディウスは真の詩人でした。戦争は人間を貶めるだけの野蛮なものと痛いほど知っていて、比べようも無い「平和的な技芸」の価値、人間にとっての意味を知っていました。
だからこそ、初回に引用した彼の、「この作品によって私は永遠に生きるのだ」、この言葉に彼が込めた思いの真実を、『変身物語』を、私は深く愛します。
● 以下、出典の引用です 冷たい死の恐怖におびえている人間たちよ、どうしてあの世を恐れるのか? 暗闇と、名前だけの虚像を? 詩人たちのたわごと、架空の世界のあの危難を、どうしてこわがるのか? われわれのからだは、火葬堆(づみ)の炎に焼かれようとも、ながい年月のうちに朽ち果てようとも、何の苦しみも受けるものではないと知るべきなのだ。霊魂にいたっては、これは死ぬことがなく、以前のすみかを去っても、つねに新居に迎えられて、そこに生きつづけ、そこをすみかとする。
万物は変転するが、何ひとつとして滅びはしない。魂は、さまよい、こちらからあちらへ、あちらからこちらへと移動して、気にいったからだに住みつく。獣から人間のからだへ、われわれ人間から獣へ移り、けっして滅びはしないのだ。(略)霊魂も、つねに同じものではありながら、いろんな姿のなかへ移り住む――それがわたしの説くところだ。だから、警告しよう。口腹の欲に負けて、人の道をあやまってはならぬ。そのためには、非道な殺戮によって、われわれの同類というべき魂たちをそのからだから追い出してはならないのだ。生命によって生命を奪うことは許されぬ。
(略)
天空と、その下にあるものはみな、姿を変えてゆく。大地も、そこにあるすべてのものもだ。この世界の一部であるわれわれも、その例にもれない。それというのは、われわれは単に肉体であるだけでなく、飛びまわる霊魂でもあり、野獣のなかに住むことも、家畜の胸へはいりこむこともできるからだ。だから、それらの動物たちのからだが安全無事で、敬意をもって遇せられるようにしてやろうではないか。そこには、われわれの親兄弟や、あるいは、ほかの何かのきずなによってわれわれと結ばれた者たちの、それとも、少なくともわれわれと同じ人間の、霊魂が宿ったかもしれないのだ。
(略)
ヌマは、これらをはじめとするいろんな教えを胸にたたんで、祖国へ帰り、民たちの心からなる懇望によって、ラティウムの国の支配権を手にしたという。そして、幸せにも、妖精(ニンフ)エゲリアを妻とすると、「詩女神」たちの導きを得て、おごそかな祭の儀式を民に教え、野蛮な戦争だけに馴れていたひとびとを、平和的な技芸に向かわせた。
老いたヌマが、その生涯と統治を終えたとき、ラティウムの女たちや、民たちや、元老たちは、ひとしくヌマの死を悲しんだ。
● 引用終わり オウィディウスの『変身物語』をみつめてきました。最後にこの作品と木魂する私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。
詩「小さな島、あおい星の乳房の 」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から) 出典:『変身物語』オウィディウス、中村善也訳、岩波文庫 次回からは久しぶりに私の好きな和歌の時空に戻り詩想を感じとりたいと思います。
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