私の折々の想いをツイッターにしたためた言葉から、似通う色合いのものを、詩想としてまとめています。
今回は
「詩と文学16」私の率直な想いです。
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読書は後回しにしても、ちいさなうたの花咲かせようと、種を芽吹かせようと、土になりきりたい気持ちであたためています。
たまご抱く母親鳥にまなびたいと、胸にくるみあたためています。
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生むことが不安なのはたぶんとても自然なんだ。
大切に抱きすぎて卵押しつぶさないよう願いつつ。
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詩のいのちは、伝えずにはいられない想い、(喜怒哀楽の表情は違っても)感動だと思います。
それがあるなら、言葉つたなくても、ひとの心には、響き、ゆりうごかしてくれる。
それがないなら、言葉どんなにうまくても、ひとの心に響く、文学までにはなれない。
とてもあたりまえの、大切なこと。
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ほんとは言わずにいられないことなんて何もないきれいな文章より、稚拙なんてきめつけられようが切実なラブレター、ポエムが、私は好き。
詩は、愛の告白。かなえたい、かなえられない、かなえられなかった、切実な、こころの告白。
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ちいさなうたの花、今週末、土曜日か日曜日に咲いてほしいと、創っています。心の天気はかわりやすく、まだできるかわかりません。
雨も光も、花には大切。ふりそそげ。
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平安時代の歌論書『俊頼髄脳』を読んでいます。論自体より、例歌が多くとりあげられているのを嬉しく感じます。
和歌を読みすすめるうちに、日本語の調べ、音色と旋律、リズム感が、呼び覚まされ、少しずつ蘇生する思いがします。
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古今和歌集の、秋の巻、冬の巻を、今読み返し終え想う。紅葉も雪も、この梅雨の季節には無縁な感じること不可能なものだけれど。
文学、詩歌は、季節を、時を越えて、今、このこころに描き出し響かせてくれるから、見つめ、聴き、触れることができる。時と空間を越えるこだまに、惹かれます。
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七夕は昨日すぎましたが、七夕が感じとらせてくれた感動、強い想いは、時に閉じ込められないから、作品にして、響かせたいと願っています。
こころに七夕、いつでも宿ってくれますようにと、想いを込めて。
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世界標準時が可能な限りの精度で星のうえの誰もに刻み押し付けてくれるものだけが時間じゃないと、文学、詩歌は、感じとらせてくれる。
こころは、そんな標準の今を越えて、想うままに、過去、死んだひととも、未来、これから生まれくるひととも、対話できる。
ゆたかな、自由な、感受性と響きあいたい。
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