歌謡と詩歌の交わりの視点から、
古代歌謡をみつめています。今回は出典の
小島憲之氏「古代歌謡」をとおし、古代歌謡の表現形式の特徴を考えます。
前回、古代歌謡は、「すでに音楽を失った古代の歌謡、換言すれば音楽が歌詞(文学)からは離れている歌謡」だと記しましたが、そのような歌謡をみつめ捉えなおす方法として、著者は、
アイヌのユーカラ(Yukar)や
琉球八重山古謡ユンタ、
おもろさうしなどの、謡われる姿が今に伝えられた歌謡の特徴に照らしあて比較し考察していて、とても優れた方法だと教えられます。
私はアイヌのユーカラが好きで愛読してきましたので、その美しい言葉の響き、表現形式から照射された光が、古代歌謡の息づく音楽を蘇らせてくれる思いがします。
南島の音楽、奄美の島唄の声調の哀しさにも心ふるえますが、南島歌謡やおもろそうしについては別の機会に見つめてみる予定です。
著者が挙げている古代歌謡の表現形式の特徴を整理すると、次のようになります。(引用分の用例はその響きを伝えてくれます。重なるのでここでは省略しています)。
1.
歌句の末尾に同じ語をくり返す「折返し」(Refrainの如もの)や
句の「反復」(Repetition)が多く見出される。
これらは、
囃(はやし)詞の役目をつとめているものが多い。★
アイヌのユーカラ(Yukar)や
琉球八重山古謡ユンタ などと同じ性質。
記紀歌謡の表記は述作に不必要なくり返し、囃詞など省略される傾向があって、一見ユーカラや八重山古謡のそれに比して少ないように見えるが、これは記録態度いかんによるもの、
元来はそれが少なかったとはいえない。2.
きまり文句(慣用句Formula)すなわち同じような慣用句も謡われた。
3.
対句をなすものが多く、これは歌謡の特色の一つ。
神語や天語歌。「あがる三日月がふし」(
おもろさうし巻十)などと同様。かかる表現形式は
筆を目的とした萬葉集のごとき作品には少なく、そこに歌謡の特徴が見出される。
4.
押韻にも関係し、リズミカルなものを要求する。
頭韻。
同音の快調富む例が多い。
対韻(Couplet Rhyme)に似た形式。
交互韻(Cross Rhyme)に近い形式。これらは皆ひろく歌謡性からくるものである。
以上の挙げられた特徴は、どれも歌謡の魅力を引き立たせる、耳に快いものです。そのふるえは心の波の揺りうごき、感動となります。どの時代に、どの地域に、生まれたか、その距離を越えて、心に響く美しい歌謡は、これらの特徴を持っていると思います。
筆録され詠まれる和歌は、三十一文字の均斉美を極める方向に進んだので、韻律のほかの特徴の重なりは薄れる方向に進みました。
が、明治の文語自由詩で、これら特徴の良さはふたたび詩歌にとりこまれ、口語の自由律詩では再び、その表現形式の特徴となったと、私は思います。なぜならこれらの特徴は、言葉に音楽性をあたえ韻文の響きを生む特徴でもあるからです。美しい詩歌は目立す気づかないようなかたちで、この特徴を響かせていると、私は思います。
次回は、もう一つの表現形式の特徴である、音数、字数から歌謡と詩歌を見つめます。
●以下、出典からの引用です。 いったん伝説から開放して
赤裸(はだか)のままの歌謡を取り出して考えると(略)いかなる表現をもっているであろうか。まず表現形式として
歌句の末尾に同じ語をくり返す「折返し」(Refrainの如もの)や
句の「反復」(Repetition)が多く見出される。(略)
この「折返し」や「反復」は他にも多くの例を見、中には古事記の「・・・・・一つ松あせを・・・・・一つ松あせを」のごとく、また琴歌譜立振の「しついついつら」のくり返しのごとく
囃(はやし)詞の役目をつとめているものが多い。「折返し」とくに囃詞は平安朝時代の歌謡「はれ」「あの」(承徳本古謡集)と同じく、また
アイヌのユーカラ(Yukar)や
琉球八重山古謡ユンタ ― コイナー・ユンタのあるものは冒頭に「ヤー」、末尾に「コイナー」の囃詞を持つ ― などと同じ性質を持つ。ただし(略)
記紀歌謡の表記は述作に不必要なくり返し、囃詞など省略される傾向があって、一見ユーカラや八重山古謡のそれに比して少ないように見えるが、これは記録態度いかんによるものであって
元来はそれが少なかったとはいえない。 「折返し」などに関連して
きまり文句(慣用句Formula)すなわち同じような慣用句も謡われた。同じ歌曲に属する「神語(かみがたり)」や「天語(あまがたり)歌」の「ことのかたりごともこをば」で結ぶ慣用句もその例であり、これはひろく口誦性の多い散文の場合と同様である。(略)
この反復やくり返しには
対句をなすものが多く、これは歌謡の特色の一つであり、音楽や舞踏と関係の深い歌謡として当然の結果である。(略)
ちはや人宇治の渡に
渡り瀬に立てる
梓(あずさ)ゆみまゆみ
本(もと)べは君を思ひ出(で)
末べは妹を思ひ出
いらなけくそこに思ひ出
かなしけくここに思ひ出
い伐らずぞ来る
梓ゆみまゆみのごときものもあり、また
神語や天語歌のごとくほとんど全体が対句をもって謡われているものもある。これは天体の美しさを謡って全体が格調の整った対句の「あがる三日月がふし」(
おもろさうし巻十)などと同様であって、かかる表現形式は
筆を目的とした萬葉集のごとき作品には少なく、そこに歌謡の特徴が見出される。
これはまた
押韻にも関係し、くり返し、反覆などが歌謡と不離の関係にある以上そこにリズミカルなものを要求する。
「〔や〕くもたつ、いづも〔や〕へがき、つまごみに、〔や〕へがきつくる、その〔や〕へがきを」 の
頭韻(Alliteration)は「や」であり、
八千矛(やちほこ)神の
「たくづのの白きただむきあわ雪のわかやる胸をそたたきたたきまながりまたまでたまでさしまき・・・・・」のごとき
同音の快調富む例が多い。
また前に挙げた「ちはや人」の歌の如きは
対韻(Couplet Rhyme)に似た形式を、また
すすこりが醸(か)みし御酒[に]我酔ひ[に]け《り》事なぐしゑぐし[に]我酔ひ[にけ《り》のごときは
交互韻(Cross Rhyme)に近い形式を示しているが、これらは皆ひろく歌謡性からくるものである。
出典:
「古代歌謡」小島憲之『古典日本文学Ⅰ』(1978年、筑摩書房)所収(* 漢字やふりがな等の表記は読みやすいよう変えた箇所があります。)
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