詩人・森英介、本名
佐藤重男の
詩集『地獄の歌 火の聖女』をみつめています。
彼の詩集から、強く感動した詩篇全体作品と、強い響きの詩句を含む詩連を選びました。(抄)とある詩は全体ではなく、引用を略した詩連があります。またこの詩集には聖書や他の詩人の詩からの多くの詩句引用があり、詩集を構成する一部として鑑賞できますが、以下では略しています。
今回は次の三つの詩を感じとり、私が感動したままに詩想を☆印の後に添えます。
童子(抄)、捨身(抄)、七月。 童 子暗がりに がさがさと
盥(たらひ)にもがく 夕べの小蟹
かに かに こがに
気になりて 眠られず
のぞきにおきる 暗がりの
かに かに かに 泡ぶくかに
おまへはどうして泡ふくの
何を憤慨してゐるの
かに かに
盥の こがに
ハサミふりたて あがくよ こがに
滑り落ちるよ 眼をむいて
夜更けに覗く千里(ちさと)さん
かには お家へかへりたい
かには 淋しく 哀しいの
こゝではない こゝではない
あゝ
朝になつたらかへします
こどもの蟹は お母さんのひざもとへ
親は こどものそばへかへします
千里さん
千里さんは泣いてゐる
無垢、 永遠の幼けなさ!
(略)
木に 花に 鳥に
風と 浪と 瞬く星と 太陽と
野も
山も
葡萄の畠 森の小逕
嗚呼
雲も 流れも 仔犬(いぬころ)も
すべて眠るもの 走るもの みないのち!
(略)
わたしはこどもにかへりたい
(略)
☆ 私の詩想 ぜんぶ引用したい好きな詩なのですが、とても長いので略しました。本来的な詩人は子どもの心を失わずにいます。そのことをよく伝えてくれます。たとえば
中原中也にも「嬰児」というやわらかなこころそのままの詩を書いています。
子ども心は、歌が好きです。この詩の音感を大切にしている優しい言葉は、リズムをもって弾みながら、心にこだまします。
捨 身(略)
飢ゑじにの どんぞこの
むくろのそばに
よちよちとてをあげてはしりだす
またたふれる あの嬰児
あなたの むねは
ぎゆんと こはばる!
☆ 私の詩想 最終連の鋭敏な心の感じとり方と、言葉の選び方、表し方が、森英介の詩人としての資質を伝えてくれます。とても強く心に響き残る詩句です。
七 月ルルルル
ルッ ルッ
ルッ ルッ ルッ
生きてゐるうちに
生きてゐるうちに
生きてゐるうちに
ルッ ルッ ルッ
ルルルル
ルッ ルッ
生きて ゐるうちに
生きて ゐるうちに
ルッ
ルッ
ルッ
ルルルル
ル
ル
ル
生きて
ゐるうちに
ルルルル
☆ 私の詩想 詩には、言葉の響きの音楽で伝える側面と同時に、文字そのものの形(ひらがな、カタカナ、漢字)と空白(詩句の言葉の間、詩連の行の間)で伝える側面があります。この詩はとても細やかな感性でそのふたつの技術で言葉と間を選び、すこしずつ形をかえながら流れる音と文字の清流のように形づくられています。とても美しい詩だと私は感じます。
出典:『地獄の歌 火の聖女』(森英介、北洋社、1980年、復刻版)。*漢字の旧字体は読みやすさを考慮して常用漢字に直したものがあります。ふりがなはカッコ( )内に記し、強調の傍点は略しました。
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