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心の歌、魂に響く詩を。『地獄の歌 火の聖女』(七)

 詩人・森英介、本名佐藤重男詩集『地獄の歌 火の聖女』をみつめています。
 彼の詩集から、強く感動した詩篇全体作品と、強い響きの詩句を含む詩連を選びました。(抄)とある詩は全体ではなく、引用を略した詩連があります。またこの詩集には聖書や他の詩人の詩からの多くの詩句引用があり、詩集を構成する一部として鑑賞できますが、以下では略しています。
 この詩人と詩集について最終の今回は次の五つの詩を感じとり、私が感動したままに詩想を☆印の後に添えます。

生(抄)、母、酬い(抄)、冬、 ねがひ。


  

あゝ
心臓が

ぴちと
たち切れさうです

(略)

あゝ
心臓が、

たち
切れる

☆ 私の詩想
 このひりひりするぎりぎりの、心の痛みは、この言葉でこのようにしか表せない、と感じてしまう表現です。心に刺さります。
 詩の源は、焼きつけられた強烈な心象、それを最も鮮明に写す言葉を探し出すことだと、詩の根本を思い出させてくれます。(このことについては以前つぎのエッセイを書きました。詩と詩集についての覚え書)。


  

わたしだけ
どうしていきることができないのです

老いたまへる母上よ
母上よ

いまは
小言ひとつおつしやらず

かなしみの
かほ

そらし
たまひて

いのり
そのことをゆるしたまへるか

母上よ
いまは

いきることもわすれて
歌つてゐるのです!

あゝ
かほふせたまひて!

☆ 私の詩想
 私も親不孝を重ねてきたので、この詩はとても痛く悲しいです。ただ心うたれるばかりです。
 素晴らしい詩歌、文学のひとつの証しは、読者は、この作品の言葉は私のことを、私の心を書いたのではないか?これは私の思い、私の言葉だと、感じさせてしまうことです。私はこの詩を私の言葉だと感じてしまいます。そのような詩です。


  酬 い

(略)

不在の
戸口に

一束(ひとたば)の
紫の

菫の 花を
差上げてきたところです

これだけが
私にできる

こころの
情けの

酬い!
いのり!

噫(ああ)
いまはゆるしあつて

愛しあつてはいけなかつた日のことを
めをつむりながらいだきしめてゐる!

☆ 私の詩想
 森英介の詩集のところどころに、小さな花が咲いています。この詩の「紫の/菫の 花」のように。
 詩心は花に寄り添っていると私は思います。詩心は心に宿る詩の種、詩の花を咲かせてくれます。
 森英介の詩心と通い合う心の種から咲いてくれた私の詩の花、あお紫の「りんどう」も、彼の詩の花といっしょに私の心に揺れて続けています。


  

わたくし
べつのくにへゆきたいのです

この冬のむかうに
べつのくにがあるのではありませんか

よんでください
おしへてください

きのふの
ミサは

わけて
かなしうございました!

☆ 私の詩想
 私が初めて読んだ森英介の詩です。詩人・中村不二夫さんが森英介についての文章(森英介『火の聖女』、初出「詩と思想」2000年8月号)で引用されていました。この詩を読んで私は彼の詩集を読もうと思い決めました。
 私が好きな八木重吉の詩「うつくしいもの」といのりのこころが通い合う、美しい詩だと思います。


 ね が ひ

おめしになつてください
肉体は

売りつくしてしまひました!
だれも

きずつきませぬやうに
きずつきませぬやうに

ほんとに
すみませんでした!

☆ 私の詩想
 最後の二連は、この詩人の裸の傷だらけの心そのもので、とても悲しく響きます。やはり既に書いたように太宰治と響き合っていると思います。同時代に苦闘した原民喜峠三吉の祈りの詩とも響き合って感じられます。
 良い作品を生み出しながら、太宰治は嫌われることも多いけれど愛され、森英介は忘れ去られそうでした。その原因は、小説と詩の違いだけでしょうか?
 良い小説家の良い小説を伝える小説家、評論家はいても、良い詩人の良い詩を伝えることのできる詩人、評論家が余りに少なかったためだと私は思います。党派意識、縄張り争い好きで他の良さを感じとれず傲慢で独善的な、吉本隆明(文学で意義ある仕事をしたと私は評価していませんのでここに名前をあげたくないのですが)、この人に代表されるマスコミ受け狙いの批評屋が、文学における詩歌の豊かさを、偏狭に隠し貧しく見せかけてきたことをとても残念に思います。
 今回私が、森英介と出会えたのは、詩人・中村不二夫さんの前述の文章が収録されている詩論集『詩の音』(2011年、土曜美術社出版販売)によります。良い詩を掘り起こし伝えることで詩の世界を豊かにしようとされ続けている中村さんの姿勢に私は強く共感します。今も心に響く良い詩は書かれています。そのような詩の存在を伝えるのが詩を愛する本当の批評者の存在意義ではないでしょうか。
 私もまた、書かれてきた、書かれている心の歌、魂に響く良い詩を伝えていきたい、そのような詩を私も生み出し伝えたい、それだけを今思います。

出典:『地獄の歌 火の聖女』(森英介、北洋社、1980年、復刻版)。
*漢字の旧字体は読みやすさを考慮して常用漢字に直したものがあります。ふりがなはカッコ( )内に記し、強調の傍点は略しました。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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