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与謝野晶子の詩歌(二)。自然分娩のように。大切な子ども。

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。今回は彼女の、出産を主題にした二篇の詩です。
 与謝野晶子は12人の出産をして11人の子どもを育てました。子沢山の時代とはいえ、すごい、と思わずにいられません。
 一篇は出産直前の女性の心の詩、もう一篇は出産後の女性の心の詩です。
 有無を言わせぬ切迫した言葉には、命を生むということの、畏怖と厳粛さ、真実の裸の姿を感じずにはいられない力が漲っています。
「みんな黙つて居て下さい、」。とても強く鋭く響きで刺すような詩句です。
 このような時間にただ一人で向き合う女性、のりこえて出産する母を、畏敬せずにいられません。

 出産を主題としたこれらの詩句に私は、詩歌の創作と通い合うものを強く感じます。
 詩人の細野幸子さんも、このことについて私が心から共感する次のような言葉をおっしゃっています。
「自然分娩のように詩を生みたい」。「作品は私の大切な子どもたち」。

 自然分娩のように。
 晶子の詩句と響きあっています。「わたし自身の不可抗力を待ちませう。//生むことは、現に/わたしの内から爆《は》ぜる/唯《た》だ一つの真実創造、/もう是非の隙《すき》も無い。」

 創作の本質だと私は思います。創作は出産とおなじで、頭で拵えあげられるものではありません。受精、出産準備や、生まれた後産湯で洗う、整えきれいにする作業は必要ですが、生む瞬間は不可抗力で訪れてきます。
 芸術かどうかはこの点にだけあると私は思います。私は多くの作品を生み出したいといつも願っていますが、出産のときは思いのままには訪れてはくれません。だからこそ、晶子の詩句のように「感激」を感じるのだと思います。

 大切な子どもたち。
 この思いは作品を出産する芸術家なら必ず抱くのではないかと思います。
 習作ではない、売るために拵えた商品ではない、出産した創作作品を、私は捨てることはどんなことがあってもできません。大切なこどもたち、だからです。
 
 大量生産商品と創作作品のどちらが良いということではなく、ただちがう別々のものだということです。日用商品や実用書は特定の用途に役立ち多く安く生産されることが良し悪しの判断基準ですが、芸術品は生活用途については何の役にも立ちません。
 それでも人間には求める心があり、求めたくなる時間があるから、文学がなくなることはないと私は思います。

 二篇の作品のうち、詩「第一の陣痛」は、口語自由詩としても晶子の詩のなかで「君死にたもうことなかれ」と並び優れたものだと私は感じます。この主題でこのように書かれた作品に私は初めてふれました。
 詩の価値が十数年の細かい単位で変わったりするものでもない、進歩する学問とはちがう性質のものだということをもまた、教えられます。

  第一の陣痛
        与謝野晶子


わたしは今日《けふ》病んでゐる、
生理的に病んでゐる。
わたしは黙つて目を開《あ》いて
産前《さんぜん》の床《とこ》に横になつてゐる。

なぜだらう、わたしは
度度《たびたび》死ぬ目に遭つてゐながら、
痛みと、血と、叫びに慣れて居ながら、
制しきれない不安と恐怖とに慄《ふる》へてゐる。

若いお医者がわたしを慰めて、
生むことの幸福《しあはせ》を述べて下された。
そんな事ならわたしの方が余計に知つてゐる。
それが今なんの役に立たう。

知識も現実で無い、
経験も過去のものである。
みんな黙つて居て下さい、
みんな傍観者の位置を越えずに居て下さい。

わたしは唯《た》だ一人《ひとり》、
天にも地にも唯《た》だ一人《ひとり》、
じつと唇を噛《か》みしめて
わたし自身の不可抗力を待ちませう。

生むことは、現に
わたしの内から爆《は》ぜる
唯《た》だ一つの真実創造、
もう是非の隙《すき》も無い。

今、第一の陣痛……
太陽は俄《には》かに青白くなり、
世界は冷《ひや》やかに鎮《しづ》まる。
さうして、わたしは唯《た》だ一人《ひとり》………


  産室《うぶや》の夜明《よあけ》
           与謝野晶子


硝子《ガラス》の外《そと》のあけぼのは
青白《あおしろ》き繭《まゆ》のここち……
今一《ひと》すぢ仄《ほの》かに
音せぬ枝珊瑚《えださんご》の光を引きて、
わが産室《うぶや》の壁を匍《は》ふものあり。
と見れば、嬉《うれ》し、
初冬《はつふゆ》のかよわなる
日の蝶《てふ》の出《い》づるなり。

ここに在るは、
八《や》たび死より逃れて還《かへ》れる女――
青ざめし女われと、
生れて五日《いつか》目なる
我が藪椿《やぶつばき》の堅き蕾《つぼみ》なす娘エレンヌと
一瓶《いちびん》の薔薇《ばら》と、
さて初恋の如《ごと》く含羞《はにか》める
うす桃色の日の蝶《てふ》と……
静かに清清《すがすが》しき曙《あけぼの》かな。
尊《たふと》くなつかしき日よ、われは今、
戦ひに傷つきたる者の如《ごと》く
疲れて低く横たはりぬ。
されど、わが新しき感激は
拝日《はいにち》教徒の信の如《ごと》し、
わがさしのぶる諸手《もろで》を受けよ、
日よ、曙《あけぼの》の女王《ぢよわう》よ。

日よ、君にも夜《よる》と冬の悩みあり、
千万年の昔より幾億たび、
死の苦に堪《た》へて若返る
天《あま》つ焔の力の雄雄《をを》しきかな。
われは猶《なほ》君に従はん、
わが生きて返れるは纔《わずか》に八《や》たびのみ
纔《わづか》に八《や》たび絶叫と、血と、
死の闇《やみ》とを超えしのみ。


● 出典は、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)。
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

 次回は、晶子の詩「君死にたもうことなかれ」をめぐる言葉を見つめます。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「純心花」
2022年イーフェニックス
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年イーフェニックス
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年土曜美術社出版販売
「愛(かな)」1993年土曜美術社出版販売
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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