20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、
与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。
今回は、晶子が
短歌と詩の違いをどのように感じてそれぞれの作品を生みだしていたのかを少し考えてみます。
詩「詩に就《つ》いての願《ねがひ》」は、作品というよりも、創作のための覚書とも受けとれます。
そこで晶子は、詩における
行と節(詩行のかたまり、連のこと)意識していることが伺えます。
短歌の三十一文字という、数少ない語数に、出来得る限りの心情と美を凝縮して表現しようと生涯試み続けた晶子にとって、
口語自由詩のあまりの決まりごとの無さ、無制約は、ただそのままでは受け入れがたい、言葉の芸術として受け入れがたい、許しがたいものであったように感じます。(次回、行分け散文についての晶子の意識と試みをとりあげます。)
だからここでは、詩行とは、「自然の肉の片はしが/くっきりと」浮き上がる、凝縮した表現でありたいとの願いを記しています。
そして、短歌にはない、詩の特徴としての、行と行、連と連の、間(改行、余白、息の休止)は、陰影と奥行ある表現でありたいとも記します。
これまで読みとってきた作品から、晶子は短歌での表現に比べて、詩のかたちでは貪欲に様々な主題を表そうとしていますが、それはあらわせるものの違いを意識したうえであったことがわかります。詩のかたちとその音楽性であらわすことがふさわしいものを、そのかたちで生みだそうとしていたのだと思います。
詩行の一行一行を短歌のように厳しく制約してしまっては表現できないものを表現するときにも、安易に散文化して行分けするのではなく、行と行、連と連、余白を意識し、形づくろうとしたのは、晶子が詩人だったからだとわかります。
詩は、散文では表せない、心の高まり、感動です。抑揚、リズム、鼓動、息を止め、息を吸い吐く、呼吸の変化、音と沈黙が、言葉を歌にすることを、晶子はとても良く知っていたのだと思います。
詩に就《つ》いての願《ねがひ》
与謝野晶子詩は実感の彫刻、
行《ぎやう》と行《ぎやう》、
節《せつ》と節《せつ》との間《あひだ》に陰影《かげ》がある。
細部を包む
陰影《いんえい》は奥行《おくゆき》、
それの深さに比例して、
自然の肉の片はしが
くつきりと
行《ぎやう》の表《おもて》に浮き上がれ。
わたしの詩は粘土細工、
実感の彫刻は
材料に由《よ》りません。
省け、省け、
一線も
余計なものを加へまい。
自然の肉の片はしが
くつきりと
行《ぎやう》の表《おもて》に浮き上がれ。
次の作品は、子どものための詩歌で、前回記した
言葉の音楽でできていますが、面白いのは、はち、はち、はち、はち、というリズムの良い響きと同時に、
文字の形、8、一文字で、アリ一匹の姿も表していることです。8、8、8、8、とアリの行列を楽しく面白く歌っています。
文字の形と並びも詩の大切な表現要素だということを踏まえた優れた試みだと私は思います。
短歌の凝縮した表現への使命感から解き放たれた、自由なのびのびとした心でこそできる楽しい表現だと思います。
蟻の歌(少年雑誌のために)
与謝野晶子蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
黒い沢山《たくさん》の蟻《あり》よ、
お前さん達の行列を見ると、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》……
幾万と並んだ
8《はち》の字の生きた鎖が動く。
蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
そんなに並んで何処《どこ》へ行《ゆ》く。
行軍《かうぐん》か、
運動会か、
二千メエトル競走か、
それとも遠いブラジルへ
移住して行《ゆ》く一隊か。
蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
繊弱《かよわ》な体で
なんと云《い》ふ活撥《くわつぱつ》なことだ。
全身を太陽に暴露《さら》して、
疲れもせず、
怠《なま》けもせず、
さつさ、さつさと進んで行《ゆ》く。
蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
お前さん達はみんな
可愛《かは》いい、元気な8《はち》の字少年隊。
行《ゆ》くがよい、
行《ゆ》くがよい、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》………
● 出典は、インターネットの図書館、
青空文庫。
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。
次回も、与謝野晶子の詩歌を見つめ詩想を記します。
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