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室町小歌(三)庶民の心と伝統

 室町時代の歌謡の主流だった小歌《こうた》集の『閑吟集《かんぎんしゅう》』と『宗安小歌集《そうあんこうたしゅう》』を聴きとっています。出典は、『新潮日本古典集成 閑吟集 宗安小歌集』の北川忠彦による訳文と解説「室町小歌の世界―俗と雅の交錯」です。出典の言葉と小歌そのものに私が感じとり考えたことを記していきます。

 出典著者の北川忠彦がこの室町小歌の解説の標題を「俗と雅の交錯」としたことからもわかるように、この主題についての論考箇所は、著者が小歌の本質を理解していることと、小歌への愛着と思い入れが伝わってくる、とても良い文章です。

 まず著者は、「素朴《そぼく》でストレートな感情」、「虚飾を知らない庶民の心」が室町小歌の基調だけれども、「小歌には小歌としての文学的な技巧・洗練」と「和歌や漢詩という伝統文芸による味付け」も施されている」ことを見落としてはいけないと言います。
たとえば、『古今集』や『玉葉集』の和歌、『源氏物語』、仏典や五山の詩文、杜甫《とほ》などの漢詩など、「小歌には「俗」だけではなく「雅」の世界が強く入り込んでいる」ことを具体例から教えてくれます。

 一方で、室町小歌には、「和歌や物語のような伝統文芸とはまったく異なる新しい世界」、「和歌の手法では及びもつかない領域」が繰り広げられていることを、特徴の対比により、印象深く伝えてくれます。
「下世話(げせわ)の忍び男」さえ登場する面白さ、「その忍び男の浮き浮きした様態をユーモラスにしかし躍動的に描き出しているところなど」、表現のひろがりと新しさを私も感じます。

 言葉の表現の面では、「破調不定型の歌」についての次のような言葉に、著者は小歌がほんとに好きなんだなあ、と私は感じ共感します。「喘《あえ》ぎ喘ぎ息をはずませての話言葉をそのままぶちまけたような表現でありながら、そこには”不定型のリズム”とでも呼べる絶妙の味わいを感じさせるものがある。技巧を超えた技巧、計算を超えた迫力である。」
 著者が続けるまとめの言葉は、いじらずそのまま差し出したくなる思い入れがこもっています。
「七五七五調を主とする定型歌がちらほらと挟《はさ》まれていて、これが歌集全体の流れの上に適度な潤滑油的役割を果たしているのである。それらがまた「俗」の世界にさわやかで快い「雅」的風味を一匙《ひとさじ》加えているのも心にくい。「俗の雅」ともいうべき玄妙不可思議な文芸性、それが室町小歌の世界」。魅力的な世界です。

 私は詩歌を愛し今詩を書く者として、自称「現代詩」が涸れてつまらなくなり読まれない根本原因は、このような室町小歌の良さの対極に表現が縮こまったことではないかと感じます。自戒をこめて記します。
●素朴でストレートな感情、虚飾を知らない庶民の心を、見下すかのように排除して失っていること。
●和歌や漢詩という伝統文芸と断絶した「現代」にこもるかのように、詩歌の豊かな流れにあることは忘れていること。
●面白さに欠け、ユーモラスでなく、躍動的でないこと。
心はずみ、心笑い、心ゆれ、心泣く、感動が詩だという本質を忘れていること。
●破調不定型の歌は定型歌があって初めて活きる。歌を忘れ、言葉のリズム感が薄れ、散文化していること。
詩が言葉の音楽だという本質を忘れていること。


 次回は、『閑吟集』と『宗安小歌集』の最終回として、室町小歌にこめられた心をみつめます。

●以下は出典原文の引用です。

☆俗の雅

 室町小歌にみられる素朴《そぼく》でストレートな感情は、正《まさ》しく虚飾を知らない庶民の心を基調としたものである。こうした心は、南北朝内乱を経て新しい社会体制が展開するにつれて次第に歴史の表層に滲《にじ》み出て来たものであった。だがその"庶民の歌声"ということを強調する余りに、小歌には小歌としての文学的な技巧・洗練も施されていることを忘れてはならない。「伊勢・小町が歌の言葉を借り、白楽《はくらく》・阮籍《げんせき》が句を抜きて」(『宗安小歌集』序)とあるように、そこには和歌や漢詩という伝統文芸による味付けもしばしば施されているのである。

君来《こ》ずは、濃紫《こむらさき》、我fが元結《もとゆひ》に霜は置くとも (206)
【訳】あなたがお越しになりますまで屋内には入りますまい。たとえ私の濃紫の本結に白く霜が降りましょうとも。

は、有名な『古今集』(恋四)の、
君来《こ》ずは閨《ねや》へも入らじ濃紫《こむらさき》我が元結《もとゆひ》に霜は置くとも
という和歌によったもの。原歌の第二句を省いたことによって五五七七という珍しい歌形による舌足らず調の効果を挙げているが、それはいうまでもなく『古今集』の原歌を前提としてのものである。逆に、

恋は、重し軽《かろ》しとなる身かな、重し軽しとなる身かな、涙の淵《ふち》に浮きぬ沈みぬ (71)
【訳】恋ゆえにこの身も重くなったり軽くなったりするような気のするこの私。涙も淵となるほどで、その淵に浮いたり沈んだりして押し流されて行くことよ。、

は初句に適当な二文字を加えることによって、一挙に和歌形態に近づく。

折々《をりをり》は思ふ心の見ゆらんに、つれなや人の知らず顔なる (308)
【訳】折にふれて、私があなたを思っている気持ぐらいわかりそうなものですのに、何とも冷たや、あなたは何時も知らん顔。

は『玉葉集』(恋一)の飛鳥井《あすかい》雅有の、
折々は思ふ心も見ゆらむをつれなや人の知らず顔なる
にそっくりである。(略)

 また狂言『水汲』でも歌われた「舟行けば岸移る・・・・・・」(『閑吟集』127)の中の「雲駛月運、舟行岸移」は『円覚経』から出たものであるが、同時に五山の詩文にもしばしば用いられた句であった。仏典や五山の詩僧と小歌の世界の交渉を思わせる事例である。杜甫《とほ》をはじめ中国の詩の小歌化も数多い。これらを通して考えるに、小歌が作られ普及されるについては当然知識人の関与もあったはずである。(略)

 室町小歌の制作や手入れにも何らかの公卿《くげ》の関与があったと考えても不自然ではない。そうかんがえさせるほどに、小歌には「俗」だけではなく「雅」の世界が入り込んでいるのである。

桐壷《きりつぼ》の更衣《かうい》の輦車《てぐるま》の宣旨《せんじ》、葵の上の車争ひ (62)
【訳】桐壷の更衣は輦車の宣旨を受け、葵の上は車争いで六条御息所《みやすどころ》と争う。『源氏物語』の車もいろいろだ。

忍び車のやすらひに、それかと夕顔の花をしるべに (66)
【訳】お忍びの車がちょっと佇《たたず》む一時、そこに咲く夕顔の花を見て、これはという次第にて―。

五条わたりを車が通る、誰《た》そと夕顔の花車《はなぐるま》 (*206)
【訳】五条の辺を車が通る。誰の車かというまでもない。夕顔の家へと向かう源氏の君の美しく装った車だ。

(62)は早歌の肩書をもつが、いずれも『源氏物語』(夕顔の巻)を素材にしている。これを、
源氏の君に盛るにごり酒
夕顔の宿の亭主のいであひて
夏の日や五条の上に照らすらん
干瓢《かんべう》になる夕顔の宿
といった「俗」に砕けた『犬つくば集』の句と比べてみると、小歌の世界における「雅」の要素の強さが理解出来るであろう。

 とはいえ、やはりそこには和歌や物語のような伝統文芸とはまったく異なる新しい世界が処々方々にくりひろげられているのはいうまでもない。右の(66)に続いて、

生《な》らぬ徒花真白《あだばなまつしろ》に見えて、憂《う》き中垣《なかがき》の夕顔や (67)
【訳】中垣に白く咲く夕顔は、実のならぬあだ花ばかり。二人の仲もまたならぬらしい。まるで「夕顔の巻」みたい。憂鬱なことよ。

忍ぶ軒端《のきば》に、瓢箪《へうたん》は植ゑてな、おいてな、這《は》はせて生《な》らすな、心のつれて、ひよひよら、ひよひよめくに (68)
【訳】忍んで通う道の軒端に、瓢箪《ひょうたん》なんぞを植えておいてナ、這わせて生らすなよ、鳴らすなよ。それにつられてひょこひょこと心も浮かれ、人に見咎《とが》められるから。

と読み進んでの、夕顔―瓢箪、源氏の君から下世話(げせわ)の忍び男への展開の面白さ、そしてその忍び男の浮き浮きした様態をユーモラスにしかし躍動的に描き出しているところなどは、これはもう和歌の手法では及びもつかない領域といえるであろう。  更に進んで、

あまり見たさに、そと隠れて走《はし》て来た、まづ放さいなう、放して物を言はさいなう、そぞろいとほしうて何とせうぞなう (282)
【訳】ただもう逢いたい見たいで、そっと人目を忍んで走って来たの。まあちょっと放してよ。放してものを言わせてよ。ああああたまらない。どうしろっていうのよ。

ここはどこ、石原峠《たうげ》の坂の下、足痛《あしいた》やなう、駄賃馬《だちんうま》に乗りたやなう、殿《との》なう (299)
【訳】ここはどこなの。石原峠の坂の下ですって。おお足が痛む。駄賃馬に乗りたいわ、ねえあなた。

門に閂《くわんのき》、海老《えび》を下《おろ》いた、押《おさ》へたとなう、押へたとなう、例のまた悋気奴《りんきめ》が押へたとの (*169)
【訳】折角あの人を訪ねたのに、門に閂を掛け海老錠をおろしてやがる。やりおったなやりおったな、また例の焼餅(やきもち)焼きの本妻めが締め出しおったんだな。

といった歌ともなれば、喘《あえ》ぎ喘ぎ息をはずませての話言葉をそのままぶちまけたような表現でありながら、そこには”不定型のリズム”とでも呼べる絶妙の味わいを感じさせるものがある。技巧を超えた技巧、計算を超えた迫力である。
しかもこうした破調不定型の歌の間に、

木幡山路《こはたやまぢ》に行き暮れて、月を伏見《ふしみ》の草枕《くさまくら》 (107.*32にも)
【訳】木幡の山路で日が暮れた、伏見も近いことだし、ここでちょっと臥して月を見るとしようか。

何《なに》と鳴海《なるみ》の果てやらん、潮《しほ》に寄り候《そろ》、片し貝 (123)
【訳】干満の激しい鳴海の浦のように、この先どうなる身の上か、潮におせられ流れ寄る片し貝のように、あの人に引き寄せられた片思いの私は。

いとど名の立つ不破《ふは》の関《せき》、何《なに》ぞ嵐のそよそよと (*51)
【訳】音に名高い不破の関の跡というのに、来てみると何たること、何ごともないように秋風がそよそよと吹いているばかり。

のような七五七五調を主とする定型歌がちらほらと挟《はさ》まれていて、これが歌集全体の流れの上に適度な潤滑油的役割を果たしているのである。それらがまた「俗」の世界にさわやかで快い「雅」的風味を一匙《ひとさじ》加えているのも心にくい。「俗の雅」ともいうべき玄妙不可思議な文芸性、それが室町小歌の世界なのである。

出典:「解説 室町小歌の世界―俗と雅の交錯」『新潮日本古典集成 閑吟集 宗安小歌集』(校注・北川忠彦、1982年、新潮社)
*読みやすいよう、ふりがな、数字、記号、改行などの表記を変えた箇所があります。ふりがなは《 》内に記しました。( )内の洋数字は小歌集の歌の通し番号、または西暦です。引用歌謡には、出典の訳文を【訳】として付記しました。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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