近代から現代の日本語の詩の本を少しずつ読み返しています。
『愛の詩歌集』(山本太郎編著、1960年、社会思想社 現代教養文庫284)は若いとき古本屋で見つけた文庫本ですが、近視眼的ではなく、古代の記紀歌謡、万葉集、勅撰集から歌謡などまで豊かに盛り込まれて、どちらかというとそちらが好きで時折読み返していました。
この本に収録された明治時代、近代詩以降の詩を読んで感じたことを、今回と次回に記します。
ひとつめに気づいて嬉しかったのは、私が二十歳くらいの時に、この本で始めて知って感動した詩を改めて読み、再び感動できたことです。
多数のなかから詩人を選びその詩を編著者が一篇ずつ選んだ本なので、当然、良い詩人や良い詩でありながら採られていないもののほうが多いと私は考えていますが、それでも一篇でも心打たれる作品にめぐり合えたら、ひとつの機会を生かせたと思えるとても幸せなことではないでしょうか。
女性と男性のめぐり会いが偶然と相性にあやうく結ばれるからこそ、ときめきに満ちるのと似ています。
その頃も現代詩をできるだけ手にとり読んでいましたが、心打たれる作品をあまり見つけられずに、索漠とした思いにいた私は、この作品に出会い「ああ、こんないい詩を書く詩人がいるんだ」と、とても素直な喜びを感じました。今回また読んで、「やっぱり、とてもいい詩だ」と思いました。
詩人にとって、良い作品を書くこと以外に大切なものは何もないと、改めて教えてくれます。
詩人にとって良い作品とは、自らの感動から生まれた、自ら読み返して感動する作品、子どもとして愛し続けずにはいられない作品です。
流行や宣伝の過多上手下手で一時的にもてはやされても核に心打つ感動がない作品は、興が醒めたら捨て置かれてしまいます。作者にとってはかなしいことですが。
読者にとって良い詩は、一度、心を感動させてくれた詩は、暗記しなくても、読み返さなくても、
心のどこかに生き続けているのだと思います。
この詩人のことや他の作品を、さらに広く深く知ることまではできずに、私は今日まできてしまいましたが、この一編の詩と書いた詩人に敬愛の思いを自然な気持ちとしてずっと抱いています。
会田綱雄(あいだ・つなお、1914年・大正3年生まれ)の
詩「伝説」です。
伝説
会田綱雄
湖から
蟹が這いあがってくると
わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
山をこえて
市場の
石ころだらけの道に立つ
蟹を食うひともあるのだ
縄につるされ
毛の生えた十本の脚で
空を掻きむしりながら
蟹は銭になり
わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
山をこえて
湖のほとりにかえる
ここは
草も枯れ
風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ
くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩をもちかえり
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだった
わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそったちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食ひつくしたように
それはわたくしたちのねがいである
こどもたちが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖の上はうすらあかるく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう
この詩に込められた「ねがい」は、
アイヌ・ユーカラの歌声や、南海の彼方の
ニライ・カナイへの想いと、交わりあい、通い合っているようにも感じます。
人の
心の湖のふかいところに眠る子守唄を、思い出させてくれるのかもしれません。詩にできることがあれば、それだけではないか、それが詩にとって大切なもの、詩のゆたかさではないかと、私は思うものです。
この詩との出会いのあと、数年後に、表現の仕方は異なっていても核に込められた「ねがい」が、この詩と響きあう詩を私も生みました。
「ねがい」が響きあいますようにと想いつつ、ここに木魂させます。
詩「ほら貝」 (高畑耕治詩集『海にゆれる』から)。クリックでお読み頂けます。
次回は、この文庫本で出会い感動したもう一編の詩を紹介します。
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年
3月11日、
イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
こだまのこだま 動画 ☆ こちらの本屋さんは店頭に咲かせてくださっています。
八重洲ブックセンター本店、丸善丸の内本店、書泉グランデ、紀伊国屋書店新宿南店、三省堂書店新宿西口店、早稲田大学生協コーププラザブックセンター、あゆみBOOKS早稲田店、ジュンク堂書店池袋本店、紀伊国屋書店渋谷店、リブロ吉祥寺店、紀伊国屋書店吉祥寺東急店、オリオン書房ノルテ店、オリオン書房ルミネ店、丸善多摩センター店、くまざわ書店桜ケ丘店、有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店など。 ☆ 全国の書店でご注文頂けます。
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