室町時代の歌謡の主流だった小歌《こうた》集の『閑吟集《かんぎんしゅう》』と『宗安小歌集《そうあんこうたしゅう》』を聴きとっています。室町小歌の心の表現の新しさについて前回次のように考えました。
① 庶民の日常の生活での会話、肉声が聞こえ、顔の表情が見えること。(語りかけの語尾の・・・・なう、など)。
② 和歌に欠けがちだったユーモア、滑稽感、卑俗さといった感情が吐き出された歌があること
③ それまでなかった音のあざやかな表現。(からりころり。ちろり、など)。
二回に分けて、私の心に響いた好きな歌を選び出して咲かせます。(ただし他の回に引用する小歌との重複は避けました)。
どの歌も室町小歌の良さである上述の特徴のどれかを響かせていますので、私が感じとれたことを、原文に続け、☆印のあとに記します。出典は、
『新潮日本古典集成 閑吟集 宗安小歌集』(北川忠彦:校注・訳)です。
今回は『閑吟集』の十五首を心に響かせます。
●『閑吟集』新茶の若立ち 摘(つ)みつ摘まれつ 挽(ひ)いつ振られつ それこそ若い時の花かよなう (32)
☆どのような節で謡われたかわからなくても、心の喜びのリズムに言葉が跳ねていて、「花かよなう」の呼びかけも身近で親しい。
【訳】新茶の若芽を摘んだり挽いたりふるったりするように、あの人の手をつねったり袖をひいたり振られたり。こんなにじゃれ合えるのが若いうちの花だよね。
新茶の茶壷(ちやつぼ)よなう 入れて後(のち)は こちや知らぬ、こちや知らぬ (33)
☆性愛がらみのきわどい猥雑さとユーモアは、歌謡の生命の源
【訳】若いあの子は新茶の茶壷、入れてしまったあとは、新茶やら古茶やらこちゃ知らぬ。
さて何とせうぞ 一目見し面影が 身を離れぬ (36)
☆短い言葉だからこそ、誰の胸のうちをも、波ゆらす。
【訳】さてどうしたものか。ほんに一目見ただけなのにあの子の面影が我身にとりついて・・・・・・。
我が恋は 水に燃えたつ蛍、蛍 物言はで、笑止(せうし)の蛍 (59)
☆末の句の「笑止の蛍」という言葉が、和歌になかった表現。
【訳】私の恋は「思ひ」という火に焦がれる水辺の蛍のようなもの。見ずに燃え、口には出せぬ哀れな身。
やれ、面白や、えん 狂には車、やれ 淀(よど)に舟、えん 桂(かつら)の里の鵜飼舟(うかいぶね)よ (65)
☆「やれ」、「えん」のはやし言葉で、情感をより大きく揺り動かす歌謡らしい謡(うた)。
【訳】(鳥羽から四方を見渡せば、)京へは作り道を車がつらなる、淀へ向かうには下り舟、桂の里には鵜飼舟、(やれまあ、あれこれ緒面白い眺めだな。)
和御料(わごれう)思へば 安濃津(あののつ)より来たものを 俺振りごとは こりや何ごと (77)
☆「俺振りごとは こりや何ごと」がおかしく笑ってしまう。和歌は笑わない笑わせない。
【訳】お前さんを思えばこそはるばる伊勢の安濃津からやって来たのに、それなのに、その俺を振るなんて一体全体何としたこったい。
思ひ切り兼ねて 欲しや欲しやと、月見て廊下(らうか)に立たれた また流れた (83)
☆「欲しや」に「星」を掛けたダジャレだけど、きれいな情感、情景が浮かぶ。
【訳】どうにも諦め切れないままに、星のように美しいあの女が欲しい欲しいと月を仰いで廊下にお立ちになった。あ、また一つ星が流れた。
誰(た)そよお軽忽(きやうこつ) 主(ぬし)ある我を 締むるは 喰(く)ひつくは よしや戯(じや)るるとも 十七八の習ひよ、十七八の習ひよ、 そと喰ひついて給(たま)ふれなう 歯形のあれば顕(あらはるる (91)
☆痴情も謡ってしまうのが、歌謡の表現のゆたかさで、私は好きです。
【訳】誰よ軽はずみな。主(ぬし)ある私を抱き締めたり噛(か)んだりして。まあいい、私も十七、八の女盛りとて少々のいたずら心は許されるでしょうよ。しかし噛むにしてもそっとして下さいな。「歯形のあれば顕るる」っていうから。
ただ人は情(なさけ)あれ 夢の夢の夢の 昨日は今日の古(いにしへ) 今日は明日(あす)の昔 (114)
☆「夢の夢の夢の」とまで和歌では繰り返さないが、良い表現だと感じます。
【訳】せめてこの世は愛と誠で生きようじゃないか。夢の世の中、昨日は今日の昔、今日は明日の昔。あっという間に過ぎ行くはかないものなんだから、人生は。
ただ、人には馴れまじものぢや 馴れて後(のち)に 離るる、るるるるるるるが 大事ぢやるもの (119)
☆「離るる、るるるるるるる」が快い。「大事ぢやるもの」も親しい肉声が聞こえる。
【訳】むやみに人に馴れ親しむものではありませんよ。一旦睦(むつ)んだあとで離れるってことは、そりゃもう、大変なことなんですから。
人買舟(ひとかひぶね)は沖を漕(こ)ぐ とても売らるる身を、ただ 静かに漕げよ船頭殿(せんどうどの) (131)
☆置かれた時代、社会に痛めつけられる弱者の悲しみへの、庶民の共感が沁み響いてくる。
【訳】人買舟は沖を漕(こ)ぐ。所詮(しょせん)は売られるこの身、せめて静かに漕いでおくれ船頭殿。
また湊(みなと)へ舟が入(い)るやらう 唐櫓(からろ)の音(おと)が、ころりからりと (137)
☆「ら」と「ろ」を主に音の流れが美しい、唐(から)の余韻のうちに響く「ころりからり」の音が快い。
【訳】湊へまた舟が入ってくるらしい、唐櫓の音が、ほらころりからりと聞えてくるよ。
衣々(きぬぎぬ)の砧(きぬた)の音が 枕にほろほろ、ほろほろと 別れを慕ふは、涙よなう、涙よなう (182)
☆「きぬ」の頭韻、「ほろほろ」と音楽的。「涙よなう」と最後のくり返しも、情感を深めてひたる、歌謡の表現。
【訳】別れの朝まだき、衣を打つ砧の音が、枕辺にほろほろ、ほろほろと聞こえてくる。その音を慕うかのようにほろほろとこぼれ落ちるのは、涙よ、わが涙なのだよ。
このほどは、人目を包む我が宿の 人目を包む我が宿の垣穂(かきほ)の薄(すすき)吹く風の 声をも立てず忍び音(ね)に 泣くのみなりし身なれども 今は誰(たれ)をか憚(はばか)りの 有明の月の夜ただとも 何か忍ばん時鳥(ほととぎす) 名をも隠(かく)さで鳴く音かな 名をも隠さで鳴く音かな (194)
☆「謡曲の一節」のなかから選びました。語彙(ごい)は和歌の伝統が濃厚で、和歌をくり返しつなげた歌のよう。
【訳】平家のゆかりの者とて、これまでは人目を忍んで暮していた私、垣根の薄を吹き過ぎてゆく風が音をたてぬと同様、声をころして忍び泣くばかりであったが、(夫が死んだ)今となっては誰にも遠慮があるわけでもない。おりからの有明の月夜を、何憚ることなく鳴き通す時鳥にならって、私も身の上の知れることなどかまわずに泣き続けましょうよ。
世間(よのなか)は霰(あられ)よなう 笹(ささ)の葉の上(へ)の さらさらさつと降るよなう (231)
☆「さ」を主音に、表象と音象がよく一致して響いてくる歌。
【訳】この世は霰、笹の葉の上に降りかかる霰みたいなものよ。さらさらさっと、降っては過ぎ去ってしまう。
出典:「解説 室町小歌の世界―俗と雅の交錯」『新潮日本古典集成 閑吟集 宗安小歌集』(校注・北川忠彦、1982年、新潮社)*読みやすいよう、ふりがな、数字、記号、改行などの表記を変えた箇所があります。( )内の数字は出典の歌番号です。
- 関連記事
-
コメントの投稿