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『田植草紙』好きな歌(一)

 『田植草紙(たうえぞうし)』は、朝歌から、昼歌、晩歌へと一日の時の流れにのり合せて140の歌で構成され、歌われます。田植神事での囃し歌として、中世から歌い継がれ、今も記憶され歌われていることはすごいと私は思います。アイヌ神歌が私はとても好きですが、民族という名を越えて通い合うものはあるのだと感じられることを嬉しく思います。 
 全体の中から、今回と次回、10歌ずつ20の歌をとりあげました。どれも歌謡としての特徴がひかっていて私が好きだと感じる歌です。今回は、朝歌と昼歌から選びました。
 出典からの引用のあと、☆印に続けて、私が感じとれた詩想を記します。

朝歌(うた)壱番 (138)
思う殿御(とのご)の口すわぬ夜(よ)はな
 恋いに恋いにおもわれて こいとおもわれてな
けさもおきては 手水(でうす)の水とこわれた
でうす水には 出合(であい)の清水七桶(おけ)
☆ 歌謡のいちばんの特徴と強み(裏返せば弱み)は、思いの直接的な表現にあります。初めの二句にはとても
強くその特徴があらわれています。
日本の詩歌には、万葉集の「正述心緒(ただに心を述べたる)」の歌から、この伝統が根付いていて、私はこのような、素朴で正直で馬鹿正直な、言わずにはいられない純な思いをこめた言葉が、いちばん好きです。


同上 (139)
忍ぶ殿のおりて寝たる其夜(そのよ)はな
 恋ひの道をかたるとて さらにねらればや
うらめし 夜明のからすはやなく
ねるとゆうても 枕に朝日のさすまで
しのぶ殿御(とのご)が 小太刀(こたち)ねやにわすれた
☆ 後朝(きぬぎぬ)の別れの思いの強さは、時代にも、和歌と歌謡の形式の創意を越えて、心に響きます。歌謡らしく、語りかけの言葉はやわらかく、あたたかみがあります。

朝歌二番 (1)
裏の口の車(くるま)戸を ほそ戸に明(あけ)て見たれば
 こがねにましたる朝日さす
けさの朝日 さもてる よげな朝日や
朝日さいては 東山にかかやく
☆ 朝日の輝きが美しい。古代歌謡のような語調を感じます。輝くは、かかやくと言っていた。不思議です。

同上 (3)
きのふからけふまで ふくは何風(なにかぜ)
 恋風(こひかぜ)ならば しなやかに
なびけや なびかで風にもまれな
おとさじ 桔梗(ききやう)のそらの露(つゆ)をば
しなやかにふく恋風が身にしむ
☆ 恋風という言葉は美しい。桔梗の青紫にやどる露が風にふるえる情景が恋心と重なって優しくきれいな、好きな歌です。

朝歌三番 (15)
京櫛(くし)買うてたもれ 京くしこそな
 髪も撓(しな)ゑや 京くしこそな
くしはかうたぞ かみかい梳(けづ)れ わかい子
女子(をなご)が丈(たけ)よりかみが長ふて
長(ながい)かみやれ あゆめば草履(ぞうり)にもつれて
☆ 女の子のわがままと、黒髪に映えでる美しさの、あやういバランスをとらえていると、感じます。

同上 (17)
宮仕ひは繁いもの 明り障子(せうじ)のかげで
 髪梳(けず)り化粧(けわひ)する あかり障子のかげで
みやづかひをこのむと 人やおもふか
みやづかひをしやうにも 衣裳(いしやう)あらばや
われにお貸しやれ わらうが上の小袖(こそで)を
☆ この歌も、女の子の心の揺れがありのままで惹かれます。

昼歌壱番 (34)
栗の花こそ しぎやうさいたり
 ならう ならじは 花にとひたまへ
栗の花がさいては 山をてらした
花がさいては 撓(たお)うだ枝にみがなる
☆ 花が咲き、実がなる、その喜びを感じる心であってほしい、人なら、と思います。花が山を照らしたという、表現は美しいと思います。

昼歌二番 (49)
鳶とびまいあがれ 鼠(ねづみ)焼いて突き上(あげ)う
白拍子(しらびやうし)殿こそ 舞の手の上手よ
一(ひと)手ならおう 金剛兵衛が舞の手
まひは舞たが 後の小歌をわすれた
☆ 童謡と通い合う、純な心といったいの残酷さも含みこんだありのままの歌です。結句には、歌謡ならではの、
滑稽をゆるす、おかしみがあっていいです。


昼歌四番 (60)
うぐひすとゆふたる鳥は 興(きやう)がる山の鳥だ
 興(きやう)がる山にかくれて 和歌をよむ鳥だ
声がかれたら 鶯鳥のこゑ借れ
こゑを上ては うたへや 野辺のうぐひす
声は聞ても あかぬは細声
☆ 鶯の声の響きの美しさ、気持ちよさと、女性の声の響きの細い美しさに浮かぶ可愛さを、男の目からも、女の目からも、よくとらえています。

同上 (66)
沖の浜のこ浜の あの小白波(こしらなみ)やれ
 さらりさつと蹴(け)て はまぐりころいだ
磯の真砂(まさご)や こいしとばかりおもふた
たかふ棲(つま)とれ なぎさは浪(なみ)の高ひに
こひとわかめと 磯んで取(とる)ははまぐり
☆ 小石と恋し、海草のわかめと若女。同音異義語が豊かな、日本語らしい歌謡、掛け言葉と通う技法です。
うまくいかず、わざとらしさが目立つと稚拙なダジャレになるけれど、ダジャレにもおかしみがあり私は好きです。
表現者として大切なのは、伝えたい思い、詩歌の調べ、曲調、情操と、その掛け言葉(ダジャレ)を使っての表現の方法がしっくりしているかどうか、それだけだと思います。


出典:『田植草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲 琉歌百控 新日本古典文学大系62』(校注:友久武文、山内洋一郎、他。1997年、岩波書店)strong>。*( )内の送り仮名と本文の仮名遣いは読みやすく適宜変えています。
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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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