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『田植草紙』好きな歌(二)

 『田植草紙(たうえぞうし)』は、朝歌から、昼歌、晩歌へと一日の時の流れにのり合せて140の歌で構成され、歌われます。
 前回とりあげた10歌に続き、今回は晩歌から10歌をとりあげました。どれも歌謡としての特徴が輝いていて私が好きだと感じる歌です。
 出典からの引用のあと、☆印に続けて、私が感じとれた詩想を記します。

挽歌二番 (101)
山が田を作れば おもしろいものやれ
 猿は簓(ささら)擦(す)る 狸(たぬき)鼓(つづみ)打(うつ)との
うてばよふ鳴る たぬきの太鼓(たいこ)おもしろ
むかしよりささらは猿がよふ擦(す)る
☆ 高山寺の鳥獣戯画が目に浮かんでするようです。猿も狸も田んぼの近くにいて、よく目にしていたから、一緒に暮らしている生き物たちが自然に歌になったのだと思います。

挽歌三番 (112)
梅の木の下で 毬(まり)をたうど蹴(け)たれば
むめははらりとこぼれる まりはそらにとまりた
 とんと蹴(け)上(あげ)て まりをば上手がけるもの
浅黄袴(あさぎばかま)でまりける殿御(とのご)がいとほし
われがとのごは まりには上手なるもの
☆ 京の都、蹴(け)まりするような男性を歌っていますが、現実の生活で目にしたり実現する可能性はほとんどない、あこがれの歌です。だからあわく、まるく、やわらかな心が、ふくらんでいる、やさしさがあります。

同上 (117)
まことのさをとめは 夕端(ようは)にこそな
 声もおもしろく ようはにこそな
日さへくるれば よいさをとめのさ声や
さ月さをとめ 暮端(くれは)のこゑはおもしろ
さ声おもしろ 佩(は)いたる太刀(たち)にかへいで
おもしろいぞや うたへや しよ田のさをとめ
☆ 早朝からの農作業で夕暮れが近づき疲れている若い女性たちが、声をだし歌うことで、あと少しがんばりましょうと、励ましあっているような歌です。田植歌の労働歌としての横顔が浮かび出ていると感じます。

挽歌四番 (121)
おきの浜の白石に 貝添うたり
 いそがしかろもの かいそうたり
あやれ そなたは いとしい顔のゑくぼや
ゑくぼにほうづきそへいで
禿(はげ)はよいもの 鬢(びん)櫛(ぐし)毛抜きいらいで
☆ 詩想、連想が、白石に添う貝→えくぼ→ほおずき→はげ、へと、とてものびやかに自由に展開していることと、性の恥じらいやユーモアに、少し顔を赤くしつつ心通わせる、歌謡らしい歌です。

同上 (123)
唐糸(からいと)の真糸(まいと)を 繰(く)りやる所へ
 太郎殿のござらば からまいて取おけ
からいとからから 絡巻(からま)いてとりおけ
君にあふては 袖をひかれて
太郎殿のござつたほどはないもの
☆ 「から」と、「いと」「いて」の繰り返しの押韻の響きあいがとても印象的な、音の快さでできている歌です。四句めと五句目は、女性のおとぼけの言葉で、可愛らしさが浮かんでいます。

同上 (125)
いつくしき桜花 おりもちてこひやれ
 閨(ねや)のかざしに 折りもちてこひやれ
花をなにせう 太刀(たち)こそねやのかざしよ
ねやのかざしに あのやまなかのさくらを
☆ 愛する想いがかなって結ばれた男女の喜びの気持ちがあたたかく、歌謡の気取りのないよさが伝わってきます。
だから、さくらが美しく愛のいろを咲かせて目に浮かびあがります


同上 (127)
むかいなる笹原は 楼(ろう)か主殿作りか
 楼でもない 主でもない さも寝よいささ原
たたみより篠(しの)ささ原がねようて
方敷(し)き寝たにも ふたりよいもの
しのぶつまを あのささ原でおといた
☆ 万葉集の歌垣のように、田植行事は若い男女の交歓の場でした。野で愛し合う男女の性の、野の草木のような萌えあがるいのちの喜びを、そのまま歌っているのも、歌謡のよさだと私は思います。

同上 (128)
日の暮れに 鴫(しぎ)こそ二つ西へゆく
 にしにも池があるげな
しぎがおちつる あの山中の小池に
しぎがちぎるか 声のたかいは
二つつれたる並(なろ)うだ中のよさよのふ
☆ 前の(127)の歌から、人の男女の愛から、日暮れの空を西方へ飛びゆく鴫へと、連想から展開されるイメージの情景がとても美しく浮かび上がる歌です。次の(129)の歌への展開も含めて、『田植草紙』が一日の時間の流れを意識しながら、歌を連ねて巧みに構成されていることが、よくわかります。

同上 (129)
日はくれる ゆくや ごぜ 西の山端(やまば)にな
 蓮華(れんげ)の花よ さいてこだれたおうだ
さいてちるらう 西山寺の蓮華が
けふの日も はや山端へかかりたまふよ
☆ 前の歌を受け、蓮華の花咲く西方浄土が、沈みゆく日に、遥かに想われ、美しく歌われています。『田植草紙』が中世に生まれて歌い継がれてきたことが、滲んでいる思いがします。

上(あが)り歌 (140)
身洗川(みあらいかわ)がしげう流れかし
 追うてなりともの言おうに しげうながれかし
一日のかけた情(なさけ)は 身洗川の約束
身洗川がしげうて ものがいわれぬ
そなたたちに添おうも ことしばかりよ
早乙女(そうとめ) なごりの心とまるよ
けうはそうたが またいつごろにそおうか
五月(さつき)はおもしろ そうまい人にそうて知る
六月の祇園(ぎをん)ごろには 御堂(みとう)で踊り合(やお)うよ
我(われ)が殿御におどりたふりをみせまい
一日のかけた情(なさけ)を 身洗川で流いた
☆ 結びの歌です。祭りの後のさびしい気持ちがやさしく、余韻は沈黙にきえつつ、心に響き続け、記憶となってやがていつまでも消えない歌に変わって心に息づきだします。歌謡は、心、想い、気持ちを、伝え合い通い合わせる素晴らしい詩歌、私の大好きな詩歌です。

出典:『田植草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲 琉歌百控 新日本古典文学大系62』(校注:友久武文、山内洋一郎、他。1997年、岩波書店)。
*( )内の送り仮名と本文の仮名遣いは読みやすく適宜変えています。

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プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
Profile:たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪・四條畷出身 早大中退 東京・多摩在住

詩集
「銀河、ふりしきる」
2016年イーフェニックス
「こころうた こころ絵ほん」2012年同
「さようなら」1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25
「愛のうたの絵ほん」1994年同
「愛(かな)」1993年同
「海にゆれる」1991年土曜美術社
「死と生の交わり」1988年批評社

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