「万葉集 巻第二十の防人歌(さきもりのうた)」より好きな歌を十二首選びました。
*出典『新版 万葉集四 現代語訳付き』』(訳注:伊藤博、角川ソフィア文庫)、
*国歌大観番号を付します。
*出典の原文を記し、続けて( )内にひらがなで記します。
*防人歌は方言訛りの読みが独特なため[ ]内に訳も記します。
訳者の本意を損なわない範囲で訳文は変えた箇所があります。
防人歌に感じ思うことは、「詩に想う」で別に記します。
防人歌(さきもりのうた) 万葉集 巻第二十 四三二七
我が妻も絵に描き取らむ暇もが旅行く我は見つつ偲はむ
(わがつまもゑにかきとらむいつまもがたびいくあれはみつつしのはむ)
[我が妻をせめて絵に描き写す暇があったらな。長い旅路を行くおれは、それを見て妻を偲ぼうに。]
四三三七
水鳥の立ちの急ぎに父母に物言ず来にて今ぞ悔しき
(みづとりのたちのいそぎにちちははにものはずけにていまぞくやしき)
[水鳥の飛び立つような、旅立ちのあわただしさにまぎれ、父さん母さんにろくに物も言わないで来てしまって、今となって悔しくてたまらない。]
四三四三
我ろ旅は旅と思ほど家にして子持ち痩すらむ我が妻愛し
(わろたびはたびとおめほどいひにしてこめちやすらむわがみかなし)
[おれは、どうせ旅は旅だと諦めもするけれど、家で子を抱えてやつれている妻がいとおしくてならない。]
四三四六
父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる
(ちちははがかしらかきなでさくあれていひしけとばぜわすれかねつる)
[父さん母さんが、おれのこの頭を撫でながら、達者でなと言ったあの言葉が、忘れようにも忘れられない。]
四三五四
たちこもの立ちの騒きに相見てし妹が心は忘れせぬかも
(たちこものたちのさわきにあひみてしいもがこころはわすれせぬかも)
[飛び立つ鴨の羽音のような、門出の騒ぎの中で、そっと目を見交わしてくれた子、その思いは忘れようにも忘れられない。]
四三五六
我が母の袖もち撫でて我がからに泣きし心を忘らえのかも
(わがははのそでもちなでてわがからになきしこころをわすらえのかも)
[母さんが袖でおれの頭を掻き撫でながら、おれなんかのために泣いてくれた気持、その気持が忘れようにも忘れられない。]
四三五七
葦垣の隈処に立ちて我妹子が袖もしほほに泣きしぞ思はゆ
(あしかきのくまとにたちてわぎもこがそでもしほほになきしぞもはゆ)
[葦垣の隅っこ立って、いとしいあの子が袖も絞るばかりに泣き濡れていた姿、その姿が思い出されてならない。]
四三八八
旅とへど真旅になりぬ家の妹が着せし衣に垢付きにかり
(たびとへどまたびになりぬいえのもがきせしころもにあかつきにかり)
[旅と口では簡単にいうが、おれの旅はほんとの長旅になってしまった。家のあの子が着せてくれた衣に、すっかり垢が付いている。]
四三九二
天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言とはむ
(あめつしのいづれのかみをいのらばかうつくしははにまたこととはむ)
[天地のどの神様に祈りを捧げたなら、あのいとしくなつかしい母さんとまた言葉を交わすことができるのだろうか。]
四四〇一
韓衣裾に取り付き泣く子らを置きてぞ来ぬや母なしにして
(からころむすそにとりつきなくこらをおきてぞきぬやおもなしにして)
[韓衣の裾に取りすがって泣きじゃくる子ら、ああ、その子らを置きざりにして来てしまった。母もいないままで。]
四四二五
防人に行くは誰が背と問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず
(さきもりにいくはたがせととふひとをみるがともしさものもひもせず)
[今度防人に行くのはどなたの旦那さん、と尋ねる人、何の物思いをすることもない、そんな人を見ると羨ましくてならない。]
四四三二
障へなへぬ命にあれば愛し妹が手枕離れあやに悲しも
(さへなへぬみことにあればかなしいもがたまくらはなれあやにかなしも)
[拒もうにも拒めない大君の仰せであるので、いとしいあの子の手枕を離れてきてしまって、ただむしょうにせつない。]
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